クライアント先での報告会は、ほぼ問題なく終わった。ある一点を除いては。
「それで、あそこの資料が抜けてた原因は?」
夕方会社に戻って行われたミーティングで、桜庭は早速そう切り出した。プレゼンに使ったスライドの内、一部だけが抜け落ちていたのだ。それを印刷した紙の資料も同様である。ほんの少し慌てたものの、二神は記憶だけで説明して事なきを得た。報告会自体も、こちらの提案はかなり評価され、全体的には好感触だった。しかし、ミスはミスである。
「抜けてた場所的に、それぞれのデータを統合した時の手違いかな」
「はい、おそらくは……」
真嶋の斜め向かいに座った二神は、重い口調でそう言った。
「ちゃんと確認しないと、ケアレスミスが命取りにもなるんだよ。今回は説明だけで納得してもらえたけど、グラフを見せるのと見せないのでは全然違うからね」
「すみませんでした」
二神が謝るのを聞きながら、真嶋は気付いたら口を開いていた。
「あの、資料を最後に統合して整形したのは二神さんではないです」
横から誰かの視線を感じたが、構わず先を続ける。
「本来は松本さんの仕事で、それを新人の石川さんが資料の印刷まで全部やっていたんですが、二神さんはそれを知りませんでした。二神さんがその現場を見ていなかったのは、僕が別室でのプレゼンの練習を勧めたからで……」
二神だけの責任ではないのだ、と何とか伝えたいのだが、うまく言葉が出てこない。
「真嶋さん、それでも最終的な監督責任は俺にあるから」
二神がそう言うと、桜庭は穏やかに頷いた。
「それについては、チーム内で今回の問題をよく話して解決してください」
室内の緊張が和らぐ。そんな中、真嶋は二神以外のメンバーからしたら余計なことを言ってしまったのかもしれないと不安になった。それでも、どうしてもあの場で弁解しておきたかったのだ。二神に対する上からの評価が下がることは避けたかった。
真嶋はちらりと二神を盗み見るが、彼は真剣に桜庭の話を聞いている。ミーティングは既に今後のプロジェクトのスケジュールについて話が移っているのだから当然だ。
今回の失敗を彼が気に病まないといいのだが——真嶋はそれだけを心配していた。
「いやー、あれはヒヤっとしたな」
ミーティングが一旦休憩になり、二神や上司陣が別室にいなくなった途端、松本は伸びをしながらそう零した。残されているのは下っ端の面々だけで、松本の言う「あれ」の意味もすぐに分かった。
「二神さんが口だけで説明できなければ大惨事だった」
そう呟いたのは木村だ。
「まあ、二神さんならあれくらい余裕でしょ。あの人は本当に——」
松本の言葉が終わらない内に、真嶋のすぐ隣にいた石川がガタリと席を立った。
「あのっ、本当にすみませんでした」
実際にミスをした張本人である石川は、その場でぺこりと頭を下げる。
「いやー、仕方ないって。まだよく分かってないから、データ抜けてるのにも気付けないだろうし」
松本の言葉に合わせて、木村もうんうんと頷いている。石川をフォローしようとする空気の中、真嶋は思ったことをそのまま口にした。
「石川さんが資料の統合をすると決まった時点で、きちんと二神さんに報告していれば良かったんです。そうすれば二神さんだって、誰か別途確認するよう指示することもできたし、自分でも最終確認したでしょう」
「そうですよね……すみません」
「あ、あの、石川さんを責めてるんじゃなくて、僕たち全員が気を付けるべきだったんです」
真嶋が慌てると、松本が「まあまあ」と口を挟んだ。
「報告不足だったのは皆分かってるよ。今更、ああすればよかった、こうすればよかったって言っても始まらないんだし、今はなるべくうまくやることを考えればいいでしょ」
うまくやる、というのが真嶋にはよく分からなかった。
「ほら、あんなの不運が重なったミスなんだから、俺たちは二神さんに事実を報告して『今後は気を付けます』で終わりだろ? 後は二神さんが報告書の片隅に書いて、ちょっと何か言われるだけだ。何もこんな休憩時間に俺たちだけで真面目に話すことないんだって」
「それは、そうですけど……」
真嶋が口ごもると、松本は煙草を吸ってくると言って部屋を出た。木村も彼について行こうとしたが、部屋を出る間際に彼はこちらを振り向いた。
「真嶋さんが二神さんをかばう気持ちは分かる。でも、部下の責任を負うのが上司で、その逆にはならないし、むしろそんな風に部下にかばわれたら二神さんの立場がまずくなるってこともあるから……」
彼はその後に「真嶋さんが言ってることは正しいけど」とだけ付け加えて立ち去った。
多分僕はまた、空気の読めないことを言ったんだろう。チーム内の雰囲気を壊して、二神さんの面目を潰すようなことをしたんだ。
そんな後悔ばかりが、真嶋の胸の中に急に膨れ上がった。正しいことがそのまま良いことだとは限らない——分かってはいてもうまく振る舞えない自分が憎い。溜め息をつきかけたまさにその時、隣で石川がストンと席に戻った。
「私、最初からこんな失敗してどうしよう……」
石川の声は重く沈んでいる。先程の失言に対する申し訳なさもあり、真嶋は彼女をフォローすることに集中した。
「……最初は誰でも失敗するものです。あまり気にしない方がいいですよ」
「ありがとうございます。でも、やっぱり気にしないなんて無理ですよ。だって、二神君のプレゼンは本当なら完璧だったのに、私が足を引っ張って——」
「二神さんは……そこまで完璧な人間じゃないです」
真嶋は咄嗟に彼女の言葉を遮った。彼女がたまに彼のことを「二神君」と呼ぶことも、チームの皆が二神の能力を過信し頼っていることも、何だか無性に気に入らなかった。彼はそこまで強くない——自分だけがそれを知っている。そう言ってやりたくなるくらいに。
「あの、真嶋さん?」
真嶋がじっと黙っているのを不審に思ったのか、石川は不安げな瞳で真嶋の顔を覗き込んだ。そこでやっと我に返った真嶋は、何とかうまく会話をしようと頭を回転させる。
「いえ、つまり、二神さんにも全く非がなかったわけじゃないんです。スケジュール管理も、チーム内の仕事の割り振りも、彼の責任で行われてきたことですし」
「でも、本当に申し訳ない……」
石川は唸りながら机に顔を突っ伏してしまった。ここからどう慰めればいいのだろうか——真嶋は必死で考える。もしここで落ち込んでいるのが二神だったなら、何も考えることなく身体が動いていただろう。優しく名前を呼んだかもしれない。頭を撫でたかもしれない。
目の前の彼女に対してそんな衝動は起こらなかったが、真嶋はとりあえず彼女の肩に手を置いてみた。びくりと顔を上げた彼女と目が合って、真嶋は狼狽える。
「あの、これは、その……」
どもる真嶋を助けたのは、部屋の入り口から聞こえたコンコンという音だ。開け放たれていたドアを叩いたのは二神だった。
「あのさ、あんまり気にしすぎなくていいよ。あれくらいのことで落ち込んでたら、これからやってけないだろうしさ」
いつから聞かれていたんだろう——真嶋は喉がカラカラになったような錯覚で、言葉が出なかった。
「す、すみませんでしたっ」
またもや立ち上がった石川は、二神に向けて勢いよく頭を下げた。
「これから気を付けてくれればいいよ。真嶋さんの言う通り、俺も完璧じゃなかったしね。怒られるのも俺の仕事」
二神がどういう気持ちでそう言っているのか、真嶋には判断が付かない。それくらい、真嶋は内心慌てていた。
「桜庭さんたちはもう戻ってこないって。俺たちだけでそろそろミーティング再開するから、あの二人呼んできてくれる?」
二神の指示で石川がパタパタと部屋を出て行くと、室内は急に息苦しくなった。
「二神さん、あの、僕は……」
何から弁解すればいいのか分からない。皆の前で彼をかばうようにでしゃばってしまったこと。石川を元気づけるために、二神の失敗を言い連ねてしまったこと。人並みにうまくやるということが、真嶋には酷く難しいことのように思えた。
席に戻った二神は真嶋の顔を見ずに、少し言いにくそうにしながら口を開いた。
「真嶋さんは、さ……やっぱりもうちょっと、空気とか読んだ方がいいかもね」
どくり、と心臓が跳ねる。ついに二神にも言われてしまった。彼にだけは言われたくなかったことを。心のどこかで、彼ならば「かばってくれてありがとう」と言ってくれるような気がしていた。「真嶋さんのそういうところが好きだよ」と笑ってくれることを期待していた。
「すみません……」
やっとのことでそれだけ言うと部屋の中は静かになり、代わりに耳鳴りだけが聞こえてくる。今日で仕事も一段落し、いくらか肩の荷が下りると思っていたのに、まさかここまで暗い気持ちになるとは思ってもいなかった。ほんの何日か前は二神と楽しく過ごしていたのに、今は彼の顔を直視することすらできない。
彼に対する感情を自覚してからの短期間で、何度も気分が浮き沈みしている。こうやって振り回されることを、真嶋は僅かに面倒だと感じてしまっていた。
***
ここのところ日付が変わってから帰宅する日々が続いていたが、今日はミーティングが終わってもまだ20時にすらなっていない。
「久しぶりに飲みに行きましょうよ」
そう誘いを持ち掛けたのは松本だ。正直、今日はそんな気分ではなかったが、真嶋は周りに合わせようと思い黙っていた。
「打ち上げやるなら金曜にしようよ。そっちの方が思いっきり飲めるしさ」
二神がノートパソコンを閉じながら提案する。
「うーん、そうですね。じゃ、今日は飯だけ。行く人ー?」
松本の呼びかけに応じて手を挙げたのは、木村と石川だった。それならばと思い、真嶋も後から手を挙げる。
「あ、ごめん。俺まだ桜庭さんのとこに提出するものあるし、今夜は先約があるから」
唯一不参加を表明したのは二神だ。先約と言われ、真嶋の脳裏には嫌なイメージが湧き起こる。
「あー、何となく分かりました」
松本がそう言うと、二神は「じゃあね」と言って去って行った。
「オンナ、ですかね」
松本がぼそっと零す。
「このプロジェクトになってからは落ち着いてたと思ったんだけどな」
木村がうーんと考え込んだ。彼の言う通り、二神の女性関係の噂は今年度に入ってからほとんど聞かなくなっていた。それが昇進して慣れない仕事に集中していたせいだったのであれば、最初の山を乗り切った今こそ、元の彼に戻る時期なのかもしれない。
このまま彼が離れて行ってしまう。本当にいいのだろうか。むしろもう彼のことは考えない方が疲れないのかもしれない。相反する気持ちが真嶋の中で行ったり来たりを繰り返す。誰かを好きになるという経験が今までなかった真嶋には、何をどうしていいのかさっぱりだった。
「今のプロジェクト、予定だと半年でしたっけ」
「今日の様子だと、延長もあるかも」
松本と木村のそんな会話は、居酒屋の喧騒でだいぶ聞き取りにくくなっている。どこに行くか迷った末、結局こんな店に来たあげく、彼らはしっかり生ビールを飲んでいた。
「でも、俺それまでにリリースされそうなんすけど」
松本がわざとらしく震えると、石川が控えめに首を傾げた。
「リリース? プロジェクトから外されるってことですか?」
「うん、ほら、桜庭さんとか二神さんからしたら、俺って絶対評価低いと思うんだよねー。俺ももうちょっと親しみのある人のところに行きたいっていうかさ……」
松本が自虐的な笑みを浮かべる。
「そうなったところで、次は火吹きそうなハズレ案件に飛ばされる可能性もあるけどね」
木村がしれっと意地の悪いことを言うと、松本はぶんぶんと首を振った。
「そんなん転職しろって言われてるようなもんじゃないですかー」
「転職っていうのも、まあ現実的な選択肢の一つかなって最近思ってるよ」
木村はちょっと真面目な顔つきのまま、ジョッキを呷った。彼や二神のような入社3年目くらいだと、同期はかなり減っているはずだ。2年目の真嶋でさえ、既に会社を離れた同期を複数見ている。ある者は、激務に耐え切れずに。ある者は、より良い待遇と地位で他の企業に。この業界の離職率的に考えれば、転職は至って普通のことではあるが、真嶋はまだそういったことも具体的には考えたことがなかった。
このプロジェクトが終われば、二神とはまた離れることになるだろう。それ以前に、彼と真嶋が揃ってこの会社に居続ける確率もかなり低いのだ。今が特別な状態——だからこそ、この機を逃さずに二神と真正面から向き合うべきだと思う反面、むしろ今の一時的な状況が過ぎ去ってしまえば、彼のことは簡単に忘れられるだろうという気持ちもあった。
「木村さん、まだやめないでくださいよー」
「今のプロジェクトに不満があるわけでもないし、すぐにはやめないよ。もっとも、俺だって外される可能性もあるけどさ」
「それなら俺の方が先ですって」
木村と松本がわいわいと話す中、真嶋は黙々と残っていたサラダや唐揚げを処理していた。
「一番安全そうなのは真嶋さんだよね。二神さんからも気に入られてるみたいだし」
木村から急に話を振られ、真嶋は思わず噎せかけた。
「そ、そんなことないです。今日も『空気を読め』って言われてしまいました」
真嶋が落ち込みかけたところで、松本と木村が爆笑した。
「あの人マジでそんなこと言ったの? 真嶋さんからしたらさ、庇った相手に背後から撃たれたようなもんじゃん」
酒も入っているせいか、松本はあっけらかんと笑っている。
「二神さん、きっと恥ずかしくなってそんなこと言ったんじゃないかなあ」
笑いを控えめにした木村がそう呟いた。
「え、二神さんツンデレ? べ、別にあんたに庇ってもらって嬉しいわけじゃないんだからねっ」
松本の気色悪い女声で木村と石川が吹き出す。置いてけぼりをくらった真嶋は、自分があれだけ落ち込んだ発言がこんな笑いのネタになっていることに驚いていた。
「とにかく、真嶋さんはあんま気にしなくていいっすよ」
「うん、二神さんが真嶋さん贔屓なのは変わらないと思う」
「そう、でしょうか……」
真嶋は不安を押し隠して、とりあえず作り笑いをしてみた。
相手がただの上司にすぎないのであれば、彼らに同調してポジティブになることもできただろう。仕事で少し失敗しただけ——そう思えたはずだ。しかし、恋愛感情というのは厄介なもので、相手の一挙手一投足にまで心乱されるものなのだ。二神に嫌われたかもしれないと思うだけで、胸の中がずっしりと重くなる。こんな感情、知らなければ良かった——真嶋はふとそう思った。
「でも、二神さん自身、別のプロジェクトに移動するって可能性もあるよね」
木村の発言に、真嶋はハッとした。
「そりゃあまあ、仕事はできる人ですからね。こっちが軌道に乗って安定したら、むしろ二神さんこそリリースされて、もっと大事なプロジェクトに回されるかも」
松本は空になったジョッキを見つめながらそう言った。今のプロジェクトが収束するより早く、彼と離れる可能性もあるのだ——真嶋はこの事実に対し、ほんの僅かに焦燥感を覚えた。
***
23時過ぎまでだらだらと雑談をして店を出た後、松本と木村は「電車がなくなる前に」と言って帰って行った。
「石川さん、家は近いんですか?」
「はい、姉と一緒に住んでて」
真嶋と石川は、夜の繁華街を並んで歩く。
「真嶋さん、よかったらもう一軒行きません?」
石川の誘いに対し、真嶋は少し考える。本当はあまり乗り気ではなかったが、かといって断るのも気が引けた。
「大学の頃の話とか、他の人がいるとあまりできないし……」
「……そうですね」
大学の頃の話でもして気が晴れればいい、というくらいの気持ちで、真嶋は彼女の誘いを承諾した。どうせ今帰宅しても、一人で悶々と過ごすだけなのは分かり切っているからだ。
石川の選んだ店は、カウンターが数席、ボックス席のテーブルが2〜3あるだけの小さなバーだった。店内はそれなりに埋まっており、かろうじてボックス席が1つ空いているだけだ。
元弓道部員たちの近況、先月学祭に行って弓道部の伝統儀式を見てきたこと——テーブルで向かい合ってそんなことを話していると、あっという間に時間は過ぎていった。時計は0時近くになっており、グラスも空だ。そろそろお開きかと思った時、石川はどこか意を決したように真嶋を見つめてきた。
「今日の真嶋さん、何となく……変、ですよね」
彼女は少し申し訳なさそうに婉曲的な言い方をした。
「変、と言うと?」
「確かに変って言うのはおかしいですね。何となく、大学の頃見てた真嶋さんとは変わったんだなって思ったんです」
「社会人になって変わったということですか?」
「うーん、違います。なんていうか……弓道部で見てた頃の真嶋さんは、いつも冷静で、精密な機械みたいに的を射抜いていて……すごく硬質な印象だったんです」
「僕は今でも固いと言われますけど」
真嶋の反論に対し、石川は少し上を見て考えるような素振りを見せた。
「どう言えば伝わるんでしょう……単に固いというわけじゃなくて……そう、無機質な感じでした」
「僕は無機物ではありません」
当たり前のことを言う真嶋に、石川は小さく笑った。
「そうなんですけど、生きてるっていう人間臭さがなかったというか」
自分では何も分からないため、真嶋はコメントできなかった。
「でも、今日の真嶋さんは、二神さんのために少し熱くなって失敗して、それを気に病んでいて……何だか私と同じ血の通った人間だったんだなって」
「僕はずっと人間ですよ。今まで何だと思ってたんですか」
「ああ、ごめんなさい。気を悪くしたなら謝ります。私、意外と酔ってるのかもしれません」
目を細めてそう言う彼女に対し、特別怒りがあるわけではない。ただ、真嶋は驚いていた。自分に訪れた「変化」が、他人からも分かるほど表に出ていたことに。
「僕が変わったというなら、それはきっと二神さんのせいです」
二神の名前を出した瞬間、石川の眉がぴくりと動く。彼女は氷しか残っていないグラスをカラカラと回した後、そっと口を開いた。
「真嶋さんにとって二神さんの存在は大きいんですね」
「そうかもしれません。もっとも、二神さんからすれば僕の存在なんて大きなものではないでしょうけど」
真嶋は半ば自棄になってぼやいたが、石川は小さく首を振った。
「逆です。きっと、二神さんに本当に必要なのは真嶋さんみたいな人なんだと思います。高校の頃、真嶋さんみたいに正しいことが言える人がいてくれたなら、二神君もあんな風に変わることはなかったのかも」
二神の高校時代のことを知らない真嶋には、彼女の言葉の意味も分からず、何とも言いようがない。沈黙の中テーブルの一点をじっと見つめる石川は、どこか思いつめたような顔をしていた。
「石川さん、あの——」
「あ、ごめんなさい。二神君の昔のことは話さないって言ったのに」
「いえ、ただ酷く落ち込んでいるみたいだったので」
「大丈夫です」
そう言う石川はすっかり普段通りに戻り、トイレに行くと言って店の奥へ歩いて行った。
一人になった真嶋は、彼女の言葉をゆっくりと振り返ってみる。二神にはいくらでも友人がいるのだから、彼が自分を必要としているなど未だかつて思ってもみなかった。彼女の言葉を信じて、もう少し彼に踏み込んでみてもいいのかもしれない——そう考え始めたその時、ポケットの中で携帯が振動した。一度で止まらずに、ずっと震え続ける。メールではなく電話だ。
取り出した携帯のディスプレイには、二神の名前が出ていた。
「もしもし?」
どんな内容の話なのか考えるより先に、真嶋は通話に出ていた。しかし、向こうからは何の応答もない。店内の音楽のせいで聞こえにくいのかと思った真嶋は、席を立って店の外に出た。
「二神さん? 何かありました?」
人通りの少ない屋外はとても静かで、電話口の向こうの気配まで聞き取れるようだ。
「真嶋さん、あの、さっき桜庭さんに聞いたんだけど——」
彼はそこで言葉を切った。
「何かトラブルでも?」
真嶋が先を促すが、彼は沈黙したままだ。電話の向こうからはテレビのニュースらしき音声が聞こえてくる。そういえば、彼の「先約」とは何だったのだろうと思いかけた時、背後で店のドアが開いた。振り向いた先にいたのは石川だ。
「真嶋さん、どうしました?」
彼女は真嶋の携帯を見て通話中であることを察したらしく、それ以上言葉を発することはなかった。
「今の石川さん?」
二神の問いに対し、真嶋は「ええ」とだけ答えた。
「そっか、ごめん。別に今話すことじゃないし、また今度でも」
「え、ちょっと、二神さん——」
制止する真嶋を無視して、電話はあっさりと切れる。切れる直前、電話の向こうから「ハルト」と呼ぶ男の声がしたのを、真嶋は聞き逃さなかった。あれは二神の下の名前だ。彼は今、誰かと一緒にいる。相手は女ではなく、男だった。
通話の切れた携帯を耳に当てたまま、真嶋はこの一瞬の出来事についてぐるぐると考える。そもそも、この電話の本来の目的は何だったのだろう。
「今の電話、二神君だったんですか? 何て?」
「……分かりません。桜庭さんから何か聞いたみたいで、仕事の話だと思うんですけど——」
石川とそんな話をしながら店内に一度戻り、会計を済ませて再度外に出る。
「石川さんの家はどちらですか?」
「駅の反対です」
「じゃあ僕とは逆ですね」
そう言って別れようとした時、石川は「あの」と言って真嶋を引き留めた。
「私がこんなこと言える立場じゃないのは分かってるんですけど……二神君のことよろしくお願いします」
「……何をよろしくすればいいんですか?」
「彼を……助けてあげてほしいんです」
真嶋が首を傾げると、石川は「すみません」と言って慌てて踵を返してしまった。
仕方なく自宅への道を歩き始めた真嶋は、再度あの電話について考え始める。こんな時間に、しかも誰かと一緒にいる時に電話をかけてきたくらいだから、何かしら重要な内容だったはずだ。もしや、また何か落ち込むようなことがあったのかもしれない。
そう思った時には既に、真嶋は携帯の着信履歴からリダイヤルをしていた。しかしそれが繋がることはなく、無機質な機械音声が聞こえてくるだけだ。電源が入っていないか、電波が届かないところにいる——この短時間で電源を切ったか、場所を移動したということだ。
彼の状況は詳しく分からないが、「ハルト」と呼ばれたあの声だけが執拗に耳にこびりついて離れない。相手が女であれば、「彼は女好きだから」とでも思って嫉妬を誤魔化せる。しかし、自分と同性の男が今彼と一緒にいるのだと想像すると、何だか無性に悔しかった。
少し先の赤信号が滲んで見えて、何度かぱちぱちと瞬きをする。もう一度電話をかけてみても相変わらず繋がらない。明日、会社で彼と普通に話すことはできるのだろうか——真嶋は明日のことを考えて、重い溜め息を落とした。
***
翌日真嶋が出社した時、二神の姿はなかった。デスクの上の状態からして、どこかに行っているというわけでもなさそうだ。
「あの、二神さんは」
「そういえば、まだ今日は見てませんね」
木村はそれだけ言って、パチパチとタイピングを続けた。松本も特に気にした様子はなく、新しく近くの机に移動してきた石川に何かを教えている。
考えてみれば確かに、彼の不在をそこまで訝しむ必要はない。裁量労働で、ミーティングなどがなければ明確な出社時刻は存在しないからだ。ましてや昨日が修羅場の最終日だったのだから、今日くらいは遅めの出社でも罰は当たらないだろう。真嶋はそうやって必死に何でもないことのように思おうとした。
実際、二神は11時近くになって何食わぬ顔で現れた。
「二神さん、遅かったですね」
「うん、なんか一段落したら疲労感が急に来てさー、ずっと寝てた」
松本と二神のそんな会話に、真嶋はさり気なく耳をそばだてた。
「打ち合わせとか、今日は大丈夫だったんですか?」
「今日は午後のミーティングだけ。あ、でもマネージャーのとこにも行かないと」
彼らの会話はそこで途切れる。二神はパソコンの立ち上がりを待っているようだ。案外普段通りの二神を、真嶋はしばらくチラチラと見ていたが、ついに意を決して口を開いた。
「二神さん、あの……」
「何?」
彼と目が合いぎくりとするが、真嶋は何とか声を振り絞った。
「き、昨日の電話……何だったんでしょうか」
「ああ、ごめん。自己解決したから大丈夫」
二神は軽い口調でそれだけ答えた。結局電話で話そうとした内容自体は伏せられているが、深追いしてそれを聞くほどの勇気はない。真嶋がもっと気にしていること——二神と一緒にいた男は誰だったのかを聞くなど以ての外だ。
「それなら、いいんですけど……」
真嶋はそう言ってすごすごと退いた。「意気地なし」と自分で自分を罵りつつ、真嶋は二神の様子をこっそりと窺い続ける。
二神はメールチェックか何かをしばらくした後、「ちょっと行ってくる」と言いながらノートパソコンを持って立ち去った。
昼時になっても二神は戻らず、一人で昼食にでも行こうかと思った矢先、机の上で携帯が振動した。電話の発信元は、この前もかけてきた大学時代の友人、岩谷だ。
「こんな時間に何?」
「あ、出た。今昼休み? この前の同窓会のことなんだけどさ」
「出欠ならメーリスでって——」
「違う、OBの中から何人か後輩の就活相談役を選んでほしいって畑中君に頼まれてるんだよ。こういうのはOB同士で決めてくださいって言われて——」
「なら僕はパス」
「即答だなあ。ちょっとは俺の身にもなれって」
現役学生とOBの仲介として板挟みになるのは確かに面倒だろう。真嶋はほんの少し同情して、代替案を考えた。
「一つ上の先輩たちなんか適任だと思うけど。結構大きい研究所にいるみたいだし」
「それならお前だって、結構いい会社にいるじゃないか」
「僕にはそういうのは向いてない。僕は……駄目だ」
真嶋の声色はどんよりと暗い。
「何だよ、急に」
電話の向こうで、岩谷は神妙な声で言った。
「何って、全部」
昨日から起こった二神との間のことが、頭の中を駆け巡る。うまくまとめることもできないまま、溜め込んでいたものが一気に溢れだした。
「正しいと思って言った言葉がその場の雰囲気を悪くして、少し経ってから一人後悔する。気になることがあっても、どこまで他人に踏み込んでいいのか距離感が分からない。……コミュニケーションが苦手な僕が、後輩に何か言えるとは思わない」
言い切ってしまってから、また喋りすぎたかなと思う。今までこうやって誰かに悩みを相談したことなどほとんどなかったのだ。こんな愚痴をぶつけられて、岩谷は気を悪くしていないだろうか——そんな不安を抱いた瞬間、電話の向こうで彼は小さく笑った。
「ちょっと言い方失敗して後悔するとか、何となくモヤモヤしたまま付き合うとか、そんなの誰だって経験してるって。お前だけが特別駄目なわけじゃない」
真嶋は彼の言葉をすぐには信じられなかった。自分以外の誰もが、円滑に人間関係を築いているように見えているからだ。じっと黙っていると、岩谷は呆れたように息を吐いた。
「お前が今やってる仕事は、チームの共同作業でやってるんだろ? しかも、クライアントともしょっちゅうやり取りしてさ……一日中ずっとパソコンに向かって仕様書やプログラム作ってる俺なんかより、そっちの方がよっぽどコミュニケーション能力使うと思うんだけど」
「でも——」
「ああ、もう。本当にお前がやばいレベルのコミュ障なら、そんなの面接で真っ先に落とされてるっての! 卑屈になりすぎてるんだよ! ……って言いたい奴は全国100万人を超えると思うわけ」
岩谷の勢いに気圧され、真嶋はただただ混乱した。
「こみゅ、障……? 100万人?」
とりあえず気になった部分だけ呟くと、岩谷はクツクツと笑った。
「ああ、やっぱりお前はちょーっとだけ話が通じにくいよ。でも、心配する程度じゃないってこと」
「そう、かな」
「そうだよ。ってことで、一人目の就活担当はお前な」
「いや、それは——」
真嶋の制止を振り切って、彼は通話を断ち切った。何となく、この結論に導くためにうまく乗せられてしまったような気がしないでもない。それでも、彼がくれた言葉は真嶋の中で、自信とまでは言えないが、かすかな期待を生み出した。卑屈になりすぎている——確かにそうかもしれない。昔のことを引きずりすぎて、臆病になっているだけだ。
無意識に零した愚痴だったとはいえ、彼に悩みを打ち明けて少し気分が上向いている。単なる知り合いや同級生ではなく、彼とやっと友人になれたような気がした。
ちょうどその時、デスクの合間を縫って二神がこちらへと戻ってきた。真嶋は一瞬躊躇ってから、拳をぎゅっと握り直す。
「あの、二神さん、よかったらこれから昼食でも——」
「ごめん、またすぐ行かないと」
彼はあわただしく壁際のロッカーを漁ってから、すぐに来た道を戻って行った。
やはり避けられているのではないか——そう思いかけてからすぐに、彼は本当に忙しいだけだと思い直す。悪い方へ考えるなと、自分で自分に言い聞かせた。
今度こそ一人で食事に行こうとすると、一足先に昼食をとりに行っていた松本らが帰ってくるところだった。
「今から昼?」
「はい」
そんな話をしながらすれ違おうとした時、ふと脇のデスクに目が留まる。そういえばここにいた数人のプロジェクトはいつの間にかいなくなっていた。
「ああ、ここプロジェクト終わったんだって」
真嶋の視線に気付いたのか、木村がそう教えてくれた。様々な期間でプロジェクトが始まり終わっていく中では、いたって普通のことだ。この場所もじきに別の誰かに割り当てられることだろう。いずれ自分たちのプロジェクトも終わりを迎える——そんな想像が真嶋の心をざわつかせた。
***
結局夜になるまで二神とプライベートに話す機会は得られなかった。今も別の社員に話を聞きに行くと言ったまま帰ってきておらず、真嶋は諦めて先に帰社することにした。忙しい職場なのだから、こんなことは当然と言えば当然だ。むしろゆっくり会話できる方が珍しい。彼の方からあえて遠ざけられているというわけではないはずだ。
会社の入っているビルを出て地下鉄の駅へと向かう間、真嶋はそうやって自分を宥めていた。しかし理由はどうあれ、彼とうまく話をする時間が持てないという事実に変わりはない。「忙しいから仕方ない」と言っていつまでもそのままでいたら、プロジェクトの終了はすぐに来てしまうだろう。
ほんの数日前は、しばらくは友人のままで関係を育もうと思っていたが、それは彼との関係が良好だったが故の余裕だ。まともに会話すらできていない今は、ただ焦りばかりが募る。とにかく今のままでは良くないと思うものの、どうすべきなのかが分からない。
そんなことを悶々と考えながら、人ごみに流されるように電車に乗って、すぐ次の駅で降りる。改札を出て家へと向かう間も、真嶋はひたすら考え続けた。
そもそも彼と話す時間をもてたところで、はたして自分が何を言いたいのかも真嶋は分かっていないのだ。あの報告会でのミスに関して真嶋が取った行動について。あるいは、昨夜彼からかかってきた電話の内容について。さらに、彼がその時一緒にいた人物について。色々と思い浮かびはするが、それらを話したところで二神との関係がどうかなるとは思えなかった。
先週、彼と土日を共に過ごした時は、彼との関係に進展があったように思えた。そもそもどうしてそうなったのか、ゆっくりと思い出す。あの週も、彼に避けられているような気がしていたが、そんなネガティブな想像を振り払って、彼を家に誘ったのだ。それが功を奏して、彼との楽しい時間を作り出した。
何か願望があるならば、受け身ではいけない。彼と話す機会をいつまでも待っているだけでは、何もいいことは起こらないだろう。
その考えに辿り着いた時には、もう自宅の前だった。玄関のドアを開けてリビングまで行く間に、鞄から携帯電話を取り出す。二神の番号に電話をかけてみたが、また彼の電話は不通だった。一瞬、今夜はもう諦めようと思いかけたところで、真嶋は頭を振る。いつまでもそれでは駄目なのだ。
ソファに座り、彼へのメールを新規に作成したところで、一旦手が止まった。この前と同じように「今夜家に来ませんか」と尋ねるつもりだったが、断られたらそこで終わりだ。だったら、彼に話したい内容を直接メールに書いてしまえばいい。
真嶋は一つ深呼吸をしてから、携帯の画面に向き直った。
『二神さんが僕をどう思ってるのかは分かりませんが、僕は二神さんが好きです』
言いたいことはそれだけだった。彼が好きだから、彼を一番に庇いたいと思った。彼が好きだから、かけてきてくれた電話の内容が気になるし、彼が誰といたのか知りたい。結論を先に言えば、気になっていたことは後からついてくると考えた。
真嶋は自分の打った文面を見て、まるで中学生の告白のようだと自虐的に笑った。それでも、このままの文章で十分だと確信する。二神は真嶋の実直さを買ってくれていたからだ。
彼への感情に気付いてからまだ半月弱——早すぎるとも思ったが、あの会社の人の流れや時間の流れの速度を考えれば、アウトプット一つ出すには十分な時間だとも言える。
そんな僅かな間の後で、真嶋は思い切ってそのメールを送信した。ソファの背もたれに身体を倒し、ぎゅっと目を閉じる。
どのくらいで返信が来るだろうか。どんな内容の返信が来るだろうか。
真嶋の頭はそれだけで一杯になる。中学生の告白どころか、遠足前夜の小学生のように、いつまでも眠れないまま。
しかしその夜いくら待っても、結局彼からの返信自体、届くことはなかった。
***
「おはよう、ございます……」
「あれ、真嶋さんがこんな時間に来るなんて珍しいですね」
翌日、昼前に出社した真嶋を迎えたのは、松本一人だけだった。
「真嶋さんどっか具合でも悪い?」
「いえ、大丈夫です……」
そうは言ったものの、真嶋の精神状態は芳しくなかった。いつもなら、二神からのメールはすぐに返ってくる。一晩待っても返信がないというのは、つまりそういうことなのだろう。
昨夜の前向きさなど全て消え去り、真嶋はただただ後悔していた。なぜあんなにも無謀なことをしてしまったのかと、昨夜の自分を責めるほどに。プロジェクトの進展、石川との会話、岩谷からの電話——色々なことがあって、気持ちが逸っていたのかもしれない。
真嶋はきょろきょろと視線だけで二神を探すが、彼の姿はどこにもない。木曜の午前中に外出の予定などあっただろうか——無駄にスケジュールを思い出そうとしてみる。彼に会いたいような、会うのが怖いような不思議な感覚だ。
「ああ、他の皆は会議室借りて簡単なミーティングだって。主に石川さん向けに色々と……あ、戻ってきた」
松本の言葉を聞き、広いオフィスの入り口を見る。近付いてくる彼らを確認した直後、真嶋は耐え切れずに俯いた。ちょうど起動したパソコンを適当にいじっている間に、彼らはデスクへと戻ってくる。
「あ、真嶋さんおはようございます」
「お疲れ様です」
真嶋はあえて二神の方を見ないように石川と会話した。
「真嶋さん今朝はどうしたんですか? いつも早くからいるのに」
「それ、さっき松本さんにも言われました」
「だって、本当に珍しいじゃないですか」
「僕だって別に朝型なわけじゃないですよ」
左斜め前に座った石川と話しながらも、真嶋の意識は右斜め前にいるであろう二神の気配を窺っていた。昨日のメールの返答を直接彼に問いただすべきか否か、頭の中で競り合いが続いている。石川がまた何か言おうとしたその時、二神がどさりとファイルをデスクに置いた。
「木村さん、さっき言ったこと、石川さんに教えといて」
二神はそれだけ言い残すと、席に着くことなく踵を返して去って行った。言われた通り木村と石川が話し出す中、真嶋は二神の背中をじっと見つめる。彼がガラスのドアを開いて出て行った瞬間、真嶋はがたんと席を立った。
もう一度だけ、積極的になろう——真嶋は速足で彼の後を追う。廊下に出てから角を曲がろうとしている二神を捉え、真嶋は小走りで彼に近付いた。
「二神さん」
呼んでも彼は振り向かない。仕方なく彼の腕を掴んで止まらせると、彼は力いっぱい真嶋の腕を振り払った。
「あの、すみません」
突然触って驚かせたのか、あるいは純粋に嫌悪されているのか、真嶋からは判断がつかない。
「何?」
二神はばつが悪そうに目を逸らしている。あの明るくて社交的な彼が、会社内でこんな態度を取ることは珍しい。彼は自分と話したくないのだろう——真嶋の目にはそう映った。
「いえ、あの……何か怒っているみたいだったので……」
本来の話題を隠す代わりに、ついさっきデスクで感じたことをぽろりと零してしまう。
「自分の胸に手を当ててよく考えて」
二神はそれだけ言い残すと、すたすたと廊下を歩いて行った。
胸に手など当てなくとも、原因が昨日のメールにあることは分かり切っている。あの告白が彼の怒りを買い、こうして拒絶されているのだ。もはやこれ以上追いかけてまで彼の答えを聞く必要もないだろう。
真嶋はすぐそばの休憩所の椅子にふらりと座り込み、両手で顔を覆った。廊下を通る誰かの視線を感じるが、そんなことに気を配る余裕などない。
あの人を幸せにできるのは僕じゃなかった。……そうか、僕はあの人を幸せにしたかったのか。
こんな時になってやっと、自分が彼をどうしたかったのか言葉にできた。自分のことでいつも精一杯だった真嶋にとって、心から他人のためを思ったのは二神が初めてだった。
しかしそんなことを今更理解したところで、これから先、二神とどう接していけばいいのかも分からない。
やっぱり僕には恋愛なんて無理だった。
それが真嶋の下した結論だ。分不相応な真似をした自分を、真嶋は静かに呪った。