「あー、あそこの店もう行きづらい……」
近場のファミリーレストランで席に座るなり、貴仁はそう零した。
「お客さんなんて入れ替わるんだからだいじょーぶだよ」
向かいで涼しい顔をするネロを、貴仁はじっとりと睨み付けた。
「誰のせいだと思ってるんだよ」
「……やっぱりオレ、外に出ない方がいいってこと?」
ネロはしゅんと項垂れる。そんな姿を見せられては、もうこれ以上何も言うことはできない。
「もういいよ。ほら、メニュー選ぶぞ」
テーブル上に置かれたメニューをネロの目の前に広げてやったところで、若いアルバイトの女の子が水を持ってくる。「ご注文がお決まりになりましたらボタンを押してください」という決まり文句に対し、貴仁はぎこちなく会釈を返した。
すぐ隣の焼き肉店に客を取られているのか、このファミリーレストランは休日にも関わらず席がまばらに埋まる程度だ。幸いにも隅のボックス席に通された貴仁たちは、そこまで辺りを気にすることなく過ごすことができる。フードを被ったまま混雑する店のど真ん中で食事をするのは免れた。
貴仁は窓の外にあるアマリリスの花壇をぼんやり見ていたが、ふとネロのメニューを繰る手が止まっていることに気付き、彼が注視する先を見る。
「それ、お前の年齢じゃ出してもらえないぞ」
彼が見ていたのは、かわいらしい旗が立てられたお子様ランチだ。
「わ、分かってるもん。オレ、お子様じゃないし」
「……そーだな」
相槌を打ちながらも、貴仁はメニューを選ぶネロをこっそりと観察した。千草の話からすると、今の彼はおそらく十四歳かそこらだ。しかし世間の中学生と比べると、どこか少し幼い印象を受ける。やはり学校という集団生活もなく引きこもっていれば、自然とこうなってしまうのだろうか。あるいは、平均より下回る彼の身長が余計に子供らしさを醸し出しているのかもしれない。
「そのページ、デザートだろ」
ネロがアイスやパフェのページを食い入るように見ていたため、貴仁は無理矢理メニューのページを戻した。
「い、いちごパフェ……ダメ?」
「ダメ」
即答するとネロはぶつぶつ言いながらもメニューに視線を落とした。まだ会ってから一日の人間にここまで何かをねだるようなことは、中学生どころか子供でもなかなかできないことだ。
「今度千草に頼みな。あいつなら何でも買ってくれんだろ」
「そうかなあ」
メニューを見ながらネロはぼんやりそう言った。
「何だよそれ」
「だって、頼んだことないから分かんないし」
まるで何でもないことのようにさらりとそう言われ、貴仁は黙ってしまった。たとえ千草がマロネに特別な気持ちを持っていたとしても、ネロに冷たくするような人間ではないはずだ。現に千草は、ネロが子供なのに甘えてくれないと不満そうに言っていた。
千草たちに見せる「甘える気など皆無でツンとしたネロ」と、貴仁に見せる「積極的に甘えるネロ」のどちらが本物なのか、まるで陽炎のようにゆらめいた。
「オレ、これに決めたー!」
ネロの声で我に返ると、彼はチーズとデミグラスソースの乗ったハンバーグを指差していた。
「タカヒトは?」
「え、ああ、じゃあ俺はその隣の和風ハンバーグでいいや」
テーブルの端にあった押しボタンに手を伸ばした時、それを遮るようにネロが手を出す。
「押していい?」
やっぱり子供だ——そう思いながら、貴仁は「どうぞ」とボタンを譲った。
「ご注文お決まりでしょうか?」
明るい声でそう言ったのは、先程水を持ってきてくれたのと同じ若いウェイトレスだ。オレンジのワンピースに白いエプロンが眩しい。笑顔を作る口元にえくぼができているが、彼女の顔すらまともに見られない貴仁には、そんなことは知る由もなかった。
「はい、えっと、これ、と……」
貴仁が歯切れ悪くメニューの上で指差すと、彼女はハキハキとハンバーグの正式名称を復唱した。
「あと、こ、こっち……」
彼女が再度注文を確認している間、貴仁は俯いて彼女の膝丈のスカートを見ていた。
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「は、はい」
大慌てでメニューを閉じ、彼女にずいっと突き出す。彼女が「失礼します」と言って去ってから、貴仁は大きく深呼吸した。無意識に膝の上で握られていた手を広げる。じっとりと汗ばんだ手の平をジーンズで拭っていると、正面でネロがフフッと笑った。
「ねえ、タカヒトみたいな人、何て言うか知ってる?」
「知らないし知りたくない」
嫌な予感がしてフイッと目を逸らす。しかしネロは小悪魔のような笑顔でおもむろに口を開いた。
「残念なイケメン」
「は?」
「ピッタリでしょ」
ネロはまるで自分が優位に立ったかのように、にまにまと貴仁を見ている。
「……お前には俺がイケメンに見えてるんだ?」
「ふぇっ!?」
貴仁の疑問に対し、ネロはビクンと姿勢を正した。
「てっきり、キモメンとか挙動不審とか、そういうこと言われるのかと思ってたから」
貴仁がぽりぽりとこめかみを掻くと、ネロの顔はみるみる赤くなっていった。
「そ、そんなわけ、な、な、あうぅ……」
「それ、女の人と話す時の俺みたいだな」
完全に立場が逆転した。テーブルに肘をついた貴仁は、赤みがさしてピンクになったネロの肌をじっと見た。
「そもそもお前ってさ、同年代の女の子と話したことあんの?」
「……あるわけないじゃん。家に来るお客さんなんて、パパの知り合いのおじさんばっかりだし」
「じゃあ、俺の方が上だろ」
「むー。話したことないってだけで、タカヒトよりは上手に話せるよ、絶対」
「どうだか」
その時ちょうど、ウェイターに案内された家族がテーブルの合間を歩いてくる。両親の後についてきているのは、十代前半の女の子だ。一行が通り過ぎる際、貴仁らのテーブルの隅に立っていた小さなデザートのメニューが、風に煽られてぱたりと倒れ床に落ちた。それに気付いた少女は「あっ」と小さく呟いて足を止める。ネロはひょいと床に手を伸ばしてメニューを回収すると、少女に向かってにっこりと微笑んだ。
「大丈夫」
一瞬びっくりしてから小走りに親の元へ向かう彼女の背中を見送ってから、ネロは貴仁へと向き直った。
「ね? オレの方がタカヒトより上手でしょ?」
「……なんか、お前やっぱり千草の弟なんだなって感じたよ」
「何が?」
きょとんとするネロを見て、貴仁は心の中で溜め息をついた。金色の目をした人形のような男の子にあんな笑顔を向けられたら、どんな女の子も固まってしまうだろう。千草もネロもその辺無頓着に笑顔を振り向くから性質が悪い。
「お前はさ、女の子には興味ないわけ?」
「どういう意味?」
「そのくらいの年頃になれば、かわいいなって思う女の子とか出てくるだろ。直接は会わなくても、テレビとか見てれば若いアイドルの女の子なんてたくさんいるんだし」
「ん? んー……気にしたことなかった」
ネロは恥ずかしがっているという風でもなく、本気で言っているようだ。
「お前が言ってた、ほら、自然になりたいってやつ? あれが本当なら女の子と付き合うのが自然ってもんじゃないのか? 子供だって普通に作れるかもしれないんだからさ」
ネロが男である自分に好意を向けてくることは、「自然でありたい」という彼自身の願望と矛盾しているのではないか。貴仁から疑問をぶつけられ、ネロは「うーん」と考え込んだ。
「オレは自然じゃないから、自然に子供を残したらダメなんだよ。オレみたいな遺伝子組み換え生物ってね、ニュースとかで見るけどすっごく嫌われてるんだ。不自然な遺伝子が子孫を残すとね、その不自然な遺伝子がどんどん引き継がれて広まって、今までの遺伝子が汚染されちゃうんだって。オレは、汚染物質ってこと。だからきっと、オレにも子孫を残せないようにする技術が使われてるんじゃないかなって」
「まあ、野菜や植物の分野ではそういう技術も研究されてるけど——」
「どっちにせよ、オレ、小さい頃からずっと『千草にかわいがってもらいなさい』ってパパに言われてきたし、マロネだって千草と……」
「それは全部刷り込みってやつだろ。周りの環境のせいで男と付き合うのが当たり前だって思い込んでるだけだ。お前がどうしたいか、ちゃんと考えた方がいいんじゃないか?」
「オレが、どうしたいか……。よく分かんないけど、ドキドキする方がオレの本当の気持ちってことじゃないの?」
愛らしく小首を傾げるネロを見て、貴仁は一瞬どきりと脈が乱れた。
「ま、まあ、そうだな」
「じゃあオレ、さっきの女の子よりタカヒトの方が……」
ネロがそう言いかけた時、ウェイトレスがやってきてフォークやナイフの入ったカゴを先に置いて行った。ネロは立ち去る彼女の背中をじっと見てから、テーブルの上で小さく拳を握り直す。
「タカヒトは? オレと話すより女の人と話す方がドキドキするんだよね? それって、それって……俺よりもその辺のウェイトレスさんの方が好き、ってこと?」
身を乗り出すネロの視線から逃げるように、貴仁は自分の顔の前で手を振った。
「やっぱりこの話はやめやめ」
「な、なんで? ねえ、タカヒトはどうしてそんなに女の人と話す時緊張しちゃうの? ドキドキしてるからじゃないの?」
「そんなの知ってどうするんだよ」
「ただ知りたいだけ」
真剣な目で見つめられ、貴仁は観念してふうっと息を吐いた。
「俺だってちゃんと理由が分かってるわけじゃない。ただ何となく、自分がどう見られてるのか気になって気になって、嫌われるんじゃないかって……」
「どーいうこと?」
「だから! 上手く説明できないんだよ。ついつい相手の胸とかスカートとかに目が行って、下心がバレてないかなーとか、下衆な男だと思われてないかなーとか、そういうのがめちゃくちゃ気になる。実際邪なこと考えてるくせに、何食わぬ顔して会話なんてしていいのかなって罪悪感もあるし、俺ってぽんぽん話し出すと余計なこと言うし」
どんどん声のトーンを暗くした貴仁は、自然と背を丸めて俯いていた。
「それって小さい頃からずっと?」
「え、いや、中学の頃に——」
そこまで言いかけてから、あまり思い出さないようにしていた記憶が蘇る。正直まだ初対面からさほど経ってもいない子供には話したくない。だが、向かいのネロは真剣な顔をしていて、貴仁は一呼吸おいてから話を続けた。
「クラスの女子が俺のこと話してるのが聞こえてさ、『掃除当番で手を抜くといつも口煩く言ってくる』とか、『スカート丈が短い子の太ももばっかり見てる』とか言われてて、それ以来女子とどう話せばいいのか、少しずつ分からなくなって……はあ」
今思い出してもグサグサと胸に痛いものが刺さる。あれ以来、あんな女たちを見返してやろうと思い、外見には特に気を付けてきた。その結果、見た目だけは異性を惹きつけそうなのに、中身が異性を遠ざけるというちぐはぐな男に育ってしまった。
「んー、よく分かんない。女の子って、集まると噂話とか気になる男子の話とかするのが大好きなんだって、何かのニュースでやってたよ。その女の子たちも本気でタカヒトが嫌いってわけじゃなくて、深く考えずに噂話してただけなんじゃないの?」
貴仁の気分に反して、ネロは暢気な声色できょとんとしている。彼のそんな態度は、貴仁の沈んだ気持ちをいくらか引き上げてくれた。
「まあ、自意識過剰ってやつなのかもな。相手にどう思われるか気になりすぎて、結局気持ち悪いどもり野郎になってちゃ意味ないんだけど」
もう何度目かも分からない大きな溜め息をついて頭を掻く。ネロは頬杖をついて興味深そうに落ち込む貴仁を観察した。
「なんか、タカヒトは相手の気持ちとか一杯考えすぎちゃうんだね」
「考えすぎ? 確かに頭の中で考えが回転しすぎて、会話のタイミングと思考が全く合ってない気もするけど——」
「考えすぎっていうか、タカヒトがそれだけ相手の気持ちを思いやれる人ってことじゃないの?」
無邪気ににこにこと笑うネロを目の前にして、どう返答すべきか逡巡した。
「……それは、どうかな。『相手の気持ち』より『俺自身の印象』が気になってるだけなんだから、自意識過剰の保身だろ。俺は体裁を気にする男なんだよ」
「ふーん? じゃあ、どーしてもどーーしても好きでたまらないって人に出会っても、やっぱり自分のテーサイってやつを優先しちゃうのかなあ」
「どうしても嫌われたくない相手なら、余計外面を意識するのが自然じゃないか?」
「でも嫌われたくないってアウアウしてたら、その人はそのままどこかに行っちゃうじゃん。どうすればタカヒトは好きな人の前でアウアウしなくなるのかなあ」
ネロは一人で勝手に何事かを考え始めた。貴仁がその先の会話に身構えていると、タイミングよくハンバーグを持ったウェイトレスがこちらに近付いて来ているのが見えた。
料理を置いたウェイトレスにぎこちなく会釈をしてから正面を見る。ネロはさっきの会話などすっかり忘れた様子で、ハンバーグに熱い視線を注いでいた。
「ほら、ナイフとフォーク」
貴仁からナイフとフォークを受け取ったネロは「いただきます」と言ってからハンバーグにナイフを入れた。テーブルマナーはしっかりしているが、チーズの乗ったハンバーグを嬉しそうに頬張る様子は子供そのものだ。
「うまいか?」
「うんっ」
安い食事でも文句が出ないのだけは助かっている。幸せそうなネロを少し見てから、貴仁も自身のナイフとフォークを取り出した。食べながら何か会話でも、と思った貴仁が目にしたのは、ネロの隣に置かれた植木鉢の袋だ。
「今日の夜帰ってから種の準備をして、ポットに種を撒こう」
「種の準備?」
ハンバーグを切る手を止めて、ネロは首を傾げた。
「発芽処理って言って……まあ色々あるんだよ」
「へえ〜。そういえば、なんでタカヒトはアサガオの種を持ってるの?」
「大学で他のゼミの奴にもらったんだ」
「どうして? 何かのプレゼント?」
ネロの質問攻めに苦笑しながら、先にハンバーグを全部切り分けていく。
「俺が家で色々育ててるって知ったらしくて、ちょっと珍しい種だからってことで分けてくれたんだよ」
「珍しい種なんだ!?」
両手にフォークとナイフを持った状態で、ネロは少し興奮したように身を乗り出した。
「アサガオって突然変異が多い種類だからな」
「突然変異……」
「まあ、あの種を使ってもほとんどが普通のアサガオになるよ。ただ、たまに出物って言って、葉っぱの形も花の形もアサガオとは思えないようなのができるんだ。そいつが当たり」
「それ以外はハズレなの?」
ネロが少し寂しそうになったことに気付いたが、貴仁は話を進めた。
「まあ、出物を楽しみにしてる人からしたらそうだな。ただ、出物は種ができないから、普通のアサガオになった兄弟苗……親木から種を取っておくんだ。発現はしなくても出物と同じ遺伝子を持ってるから」
ネロの返答を待つが、彼は深刻そうに手元の皿をじっと見ている。
「なんか……マロネみたいだ」
「え?」
「マロネは当たりなんだよ。そんで、オレはハズレ」
ネロはいじけたように皿の上のにんじんをフォークでブスリと刺した。
「俺からすればどっちも珍しいと思うけど」
「マロネはもっと、もーっと珍しいの。あいつは、三毛猫だから」
「茶色に白が混じってるような耳じゃなかったか?」
口の中のにんじんをこくんと飲み込んでから、ネロは首を振った。
「しっぽ。茶色と黒だよ、あいつ。珍しいんでしょ? オスの三毛猫って」
「三毛っていうか茶色と黒の両方をオスが持つことが珍しいんだ。きっと性染色体異常だろうな。XXYかな……」
「異常? 確かにあいつちょっと身体弱いけど……でもあいつは当たりだよ。家に来る人はみーんなマロネを見てすごいすごいって言うの」
ネロは食事の手を止めて不満気に口をとがらせている。
「お前の家に来るの、親父さんの知り合いなんだろ? じゃあ皆研究者だ。そういう珍しいのが好きなんだよ」
「研究者じゃなくたって、皆三毛猫のオスが珍しいのは知ってるよ。マロネの方が性格もいい子ちゃんだし、誰が見てもマロネが大当たりなんだ」
「だからってお前がハズレなわけじゃない」
何とか彼の機嫌を直そうとするが、ネロの表情は翳っていくばかりだ。
「パパだって、本当は三毛猫を二匹作りたかったんだよ、きっと。でも、オレだけ失敗したんだ」
「実際そう言われたわけでもないくせに」
ネロがあまりに悲観的で、つい呆れたような声が出てしまう。案の定、ネロはむっと頬を膨らませた。
「タカヒトにはオレの気持ちなんて分かんないよ。お客さんが来るからって言われて、ちゃんと服着てお迎えしても、皆、みーんなマロネの方を先に見るの。皆、マロネさえ見られればそれでいいんだから、オレなんて別にお客さんに顔出さなくてもいいよね」
彼と出会った日の暗い部屋が思い起こされる。どうやらこの話は彼を引きこもらせた大きな要因の一つのようだ。
「そうやって最初からツンツンしてるから、どんどんお前に構う人がいなくなったんじゃないのか?」
「でも、タカヒトはそれでもオレに会いにきてくれたじゃん! オレはずっとそういう人を待ってた。マロネを先に見るような人にどう思われてもいいから、どうしてもオレに会いたいって言ってくれる人が、いればいいなって……」
ネロは潤んだ目を慌てて拭った。あれは千草に話を合わせただけの嘘なのに、ネロの中ではかなり大きな拠り所になってしまっている。騙している罪悪感を少しでも和らげようと、気付けば貴仁は口を開いていた。
「なあ、これは考えすぎな性分の俺による、これまた考えすぎかもしれない勝手な推測なんだけどさ」
貴仁がそこまで言うと、ネロはぱちぱちと目を瞬いた。
「多分、お前の親父さんはマロネが三毛猫だってことには大して拘ってないと思うぞ」
「なんでそう思うの?」
「お前たちの名前、かな。由来、聞いたことあるか?」
「……ない」
つんと顔を逸らすネロを見て、貴仁はほんの僅かに口角を上げた。
「色だよ。外国の言葉で、ネロは黒、マロネはきっと茶色だ。お前の親父さんからしたら、お前たち二匹は黒い方と茶色い方ってだけの違いしかないんじゃないか? もし俺の立場だったら、三毛猫ができて嬉しければトリコとでも名付けるよ」
先程までの不貞腐れた態度が嘘のように、ネロはじっと貴仁を見つめながら真剣に話を聞いていた。
「全部、俺の想像だけどな」
慌ててそう付け加えると、ネロはまだぼんやりした顔でふるふると首を振った。
「どっちにしても、オレにはもうタカヒトが来てくれたから、それでいいもん」
そうは言いつつも、ネロはどこか嬉しそうに食事を再開した。この程度の悩みすら今まで家族に打ち明けるのを我慢していたのだろうか——そう思うとほんの少し甘やかしてやりたい気持ちが生まれた。
「すみません」
ちょうどそばを通りかかった例のウェイトレスの女の子を呼び止めると、貴仁はテーブルの脇に立っていたデザートのメニューを指差した。
「このストロベリーパフェを一つ、食後にお願いします」
ウェイトレスが立ち去っても、ネロは驚きで固まったまま貴仁を見つめ続けていた。
「食べたかったんだろ?」
ハッと我に返ったネロはこくりと頷く。どうして急に、と聞かれたら困るなと思っていたが、その次のネロの言葉は想定外だった。
「女の人相手なのに、タカヒト普通に話してたね」
そう言われるまであのウェイトレスのことなど全く意識していなかった。
どうしてだろうか? 自分がどう見られるかなんて全く気にならなかった。ネロのことだけを考えていたからだろうか——ふと浮かんだそんな考えを打ち消すように貴仁は小さく頭を振った。
「いいから早く食えよ。パフェが待ってるぞ」
「うん。ねー、タカヒトのハンバーグも一口食べたい!」
話を逸らすため、貴仁は一口サイズに切ったハンバーグの皿をネロの方に寄せた。
「ほら」
しかしネロはにっこりと首を振る。
「そーじゃなくて! あーん」
ネロの要求に思わず頭を抱えそうになるのをぐっと堪えて、貴仁はハンバーグを差したフォークをネロの口元に差し出してやった。