「ん……?」
風邪を引いた時のようなぼんやりとした中、旭は意識を取り戻した。あれから何度かの発情と小康を繰り返し、発情期も二日目に入っているはずだ。発情中ばかりは旭の体内時計も曖昧になった。
「旭、大丈夫か?」
重い頭を動かすと、ベッドの横からアラタが見下ろしていた。
「さっき研究員が治験の薬を持ってきた。今月はもうそれを飲んで経過を見るだけでいいそうだ」
αとの性交がなかったため、今月はいつもより早く薬の治験に進むことができた。動物での前臨床試験の終わった薬は、こうして旭の元へやってきて副作用や血中濃度を調べられる。Ωの発情を抑えるためにより強力になった治験薬は、大抵の場合特に問題なく発情を抑えてくれるのだ。幸いにも、治験薬によって身体に大きな異変が起こったことはない。
この段階に入ってしまえば、たまにβの女性看護師がやってきて採血をする他、眠気や吐き気、食欲の有無を見られるだけで普通に近い生活に戻れる。
「それじゃ、薬の前に何か食わないとな」
「食事なら俺が作ってある」
久しぶりに外から食事を持ってこさせることになるかもしれないと考えていた矢先、アラタが信じられないことを言う。
「お前が作ったって? だって、そんな……」
アラタの料理スキルを思い出しながら身を起こすと、彼の大きな手がすぐに背中を支えてくれた。
「旭、服は……」
かけていたブランケットが落ちると、何も身につけていない上半身が露わになった。一人でいた頃は裸の上にタオルやブランケットを纏って室内をふらふらしていたが、さすがにアラタの前でそれをするのは躊躇われる。散々痴態を見せてしまった後であっても。
今更ながら、旭はもじもじと顔を伏せて自分の身体を見る。
そういえば身体、全然ベタベタしないな。かなり出したし……こいつにもぶっかけられたのに。
誰かが綺麗にしてくれたのなら、それをしたのは一人しかいない。しかし目の前の男にそんな気の利くことができるだろうか。旭が疑っていると、クローゼットをガラリと開ける音が聞こえた。彼は旭の服が入っている引き出しをゴソゴソと探ると、下着と部屋着を持ってベッドへ戻ってきた。
「これでよかったか?」
何でこいつ急にこんな気の利く男になってんだよ。
旭は素直に礼を言うこともできず、乱暴に彼の手から服をひったくった。シャツを頭から被って、ブランケットの中で下半身の衣服も整える。
立ち上がろうとした時にふと見えたのは、ベッドサイドの棚に置かれたバイブ。目を逸らそうとした旭だったが、そのすぐ隣に置かれたタオルで視線が止まった。
やっぱり俺の身体を綺麗にしてくれたのはこいつなんだよな……?
眠っている間に彼がせっせとタオルで身体を拭いてくれていたのかもしれない――そんな姿を想像すると、胸の奥の方が温かいような痒いような変な感じだ。
「旭、立てないのか?」
ベッドの縁に座ったままの旭に、アラタが手を差し伸べる。思わずその手に掴まりそうになってしまってから、ハッと手を引っ込めた。
何ちゃっかり甘えそうになってるんだ、俺は。
まだ熱っぽさの残る弱った頭で自分を叱咤する。赤い顔で俯く旭を見て、アラタは何を思ったのか旭の膝下に手を入れた。
「っ、な……!」
身体がふわりと浮く感覚。背中と膝裏を力強くしっかりと掴まれて、旭の身体はアラタに抱き上げられていた。
「おい、これ」
暴れてバランスを崩しそうになった旭は思わずアラタの首にしがみついてしまう。俗に言うお姫様抱っこというやつではないか――そんな考えが頭を過ぎり、わなわなと唇を震わせた。
「ぼんやりして具合が悪そうだったから」
アラタはそのままスタスタと旭を抱えたまま寝室を出て、ダイニングの椅子に旭を座らせた。
「見た目は風邪に似ているような気がしたから、お粥を作ってみたんだが」
「……は?」
真っ黒に焦げたチャーハンを思い出しながら、旭は目を白黒させる。彼は鍋を火にかけて少し温めると、いい匂いのするお粥を茶碗に入れて持ってきた。
「え、なんで急に料理できるようになってんの」
目の前でほかほかと湯気を立てる真っ白なお粥。何をどうやったら、この男にこんなものが作れるのだろう。
「旭は料理の本を見て勉強したと言っていたから」
そう言いながら、彼はキッチンに置かれていた一冊の料理本を手に取った。それはかなり以前に旭が料理を覚えるために使ったものだ。今はリビングの棚にしまっておいたはずだが、彼はそれを引っ張り出してきたのだろう。説明書があれば、αの頭で理解できないものはない。
「旭、早く」
アラタは茶碗の横にあった蓮華を手にすると、自らお粥を掬って旭の口元に持ってきた。
「何急いでんだよ。あ、熱い、熱い」
唇にぐいぐいと蓮華を押し付けられながら旭が喚くと、アラタは一旦手を引いた。助かった――そう思った瞬間、アラタはふーふーと冷ましてから再度お粥をずいっと差し出してきた。
何だこれ、何だこの状況。
頭の中がぐつぐつと煮立っていて、 お粥だけでなく旭の頭からも湯気が出そうなほどだ。相変わらずの仏頂面なのに、蓮華を押し付けるアラタからはどこか必死な空気が漏れている。まるで「早く食べて」とせがんでいるようで、旭はついつい絆されて蓮華に口を付けた。
「……ん」
不器用なアラタの持ち方では食べにくくて、旭は彼の手の上から自分で蓮華を持つ。彼の手の温度にどきりとしたのも束の間、それはすぐに口の中のお粥の温度で忘れてしまう。
何の変哲もない、少しだけ味付けされたお粥。それなのに、温かなそれをもくもくと咀嚼して飲み込んでから、旭は半ば無意識に「おいしい」と呟いた。
その瞬間、蓮華の取っ手で重なっていた彼の指がぴくりと動く。顔は全く変わらないくせに、こういうところでとても分かりやすい。褒められて嬉しいのか、彼は旭の手を振り切って次のお粥を掬いに行こうとする。
「も、もういい。自分で食べられる、から」
彼の手から無理矢理蓮華を奪い取って、文句を言われる前に二口目を食べる。食べてさえやれば文句は言われないが、視線だけがずっと旭に注がれ続けた。
俺が飯食ってる姿のどこがそんなに面白いんだか。
そうやって理解できないふりをしながらお粥を食べ進める。しかし心のどこかで、その答えに思い当たる節があった。
こいつはきっと嬉しいんだ。自分の作った料理を俺が食べてくれる、ただそれだけのことが。
またそんなことを考えてしまってから、自意識過剰の自惚れだと、答えに消しゴムをかける。たとえそれが事実だと分かっても、今の旭には何と言えばいいのか分からない。
ただし最後の一口を飲み込んだ後、旭は小さな声で「ごちそうさま」と声に出した。顔を上げてまっすぐ彼の顔を見ることはできない。ただ視線の先で彼が両手の指をそわそわと弄ぶのを見て、旭はくすりと小さく笑った。
***
男の膝枕は、はっきり言ってあまり気持ち良くない。女の子に膝枕をしてもらった経験もないので比較はできないし、居心地の悪さを感じさせている理由はもっと別のところにあるのかもしれないが。
「普通にベッドで寝たい」
ソファに座ったアラタに無理矢理膝枕で仰向けに寝かされたのが数分前。頭上から見下ろしてくるアラタとの睨めっこに疲れ、旭はぼそっと本音を吐き出した。
「ベッドは汚れている」
「いつも薬飲んだ後シーツ変えてたのに、お前が引き留めるから」
「さっき歩いた時ふらついていた。シーツを変えられるとは思えない」
それには何も言い返すことができない。薬を飲んでしばらくソファで過ごした後、寝室に行こうと立ち上がった旭は、彼の目の前で盛大なめまいに倒れそうになったのだ。今回の薬は効きが早かった分、副作用も分かりやすく出ている。
「だったら俺はここで寝てるからさ、お前がシーツ変えてこいよ」
アラタは首を振ると、大きな掌を旭の目に被せてきた。「早く寝ろ」という無言のメッセージだ。真っ暗な中で目を閉じ、旭は口だけを開いた。
「なあ、ほんとにこのまま俺が寝たら、お前足しびれるんじゃねーの?」
「旭の頭は軽いから大丈夫だ」
「……そうじゃなくてさ、なんでこんなことまでしてくれんの? ほっといてくれれば勝手に治るのに」
気になっていたことをついに聞いてみた。
こいつは俺のことが本気で好きなんじゃないか?
その答え合わせがしたくて。
「旭が心配だから?」
「なんでそんなに心配すんの?」
「具合が悪い人間を見て心配に思うのはそんなにおかしいことなのか?」
αは高度な能力と引き換えに人間的な情緒やコミュニケーション能力に不足がある者も多いというが、彼はまさにそのタイプだ。話が通じない分、こちらも遠回しな聞き方ができずに焦れったくなる。
「分かった、聞き方を変える。具合が悪い人がいたら誰でもこうやって膝枕してやるのか? それが俺じゃなくても」
「……いや。膝枕は旭だけ」
「だから、その理由を聞いてんだって。まさか俺の頭なら軽いから、とか言わないよな?」
まるで答えを誘導しているような気がして、顔が少しだけ熱くなる。しかし得られた答えは旭の予想を裏切った。
「昔、俺がまだ高校生だった頃、旭の描いた絵を見たことがある」
何も見えやしないのに、旭は思わず目を見開いた。アラタの指の隙間からチラチラと見える白い光をじっと見ていると、頭がぐらぐら揺れているような気がしてくる。
「母親に連れて行かれた絵の展示会だった。個展ではなかったが、子供の絵ばかりを集めた展示会があって……その辺はあまりよく覚えていないが、とにかくそこで、俺は九歳の男の子が描いたという絵を見た。それが君の絵だ」
両親の仕事の関係でよく家に出入りしていた画商は、その息子である旭のスケッチブックやキャンバスにも目を止めた。少ししてから、子供の絵を集めた展示会の目玉に旭の絵を飾りたいという話が来て、旭と両親はそれを承諾したのだ。ただし、あの篠原晶と奏多の子供であることは伏せるようにという条件で。
旭は絵を描く両親の背中をたくさん描いていたが、展示に出したのは、彼らのいない空っぽのアトリエを描いたものにした。確か幼馴染の庸太郎が飼っていた犬が死んで、いつか自分の両親も死ぬ時が来るのかと思いながら描いた寂しい絵だ。
「子供が描いたとは思えないような、まるで写真をそのまま絵にしたような写実的でリアルな世界なのに、その中には現実から少し浮いた非現実的なものが混じっているような、そんな不思議な絵だった」
非現実的なもの――アラタは何となく気付いている。誰もいないはずのそのアトリエの絵の中に、旭は一人の後ろ姿を置いた。両親のどちらでもない。少し大きくなった自分をイメージして。その一枚に限らず、旭は自分の絵の中にいつも未来の自分の後ろ姿をどこかに描いた。だからそこだけは、現実の模写ではなく想像の投影なのだ。
「俺は芸術に関してほとんど知識がない。ただ、上手く言えないが、写真に収められたように静止した世界の中で、どこか動いている部分があるような気がして、その絵がなぜかすごく気になった。だから、その作者の名前を覚えた。篠原、旭。作品につけられたタイトルは、未来」
アラタの手がゆっくりと旭の顔を離れ、眩い光が目に飛び込んでくる。目が合った瞬間、旭はごくりと唾を飲んだ。
「……は、何、お前、ここに来る前から俺のこと知ってたのかよ」
「……まあ、そんなところだ」
「なるほど、お前は俺の絵のファンだった」
これまで向けられた数々の好意のようなものも、今こうして優しくされているのも、つまりそういうことだ。彼は旭ではなく旭の絵を評価していたから。まさかあのたった一度の絵の展示で、篠原旭を画家として認知している人間がいるとは思ってもいなかった。
「あのベッド脇の引き出し、旭の発情を抑えるのに何か他にいいものはないかと思って開けてみたんだが――」
「……っ! 見たのか?」
ガバリと身を起こそうとするも、アラタの手で無理矢理膝の上に戻される。
「二段目にスケッチブックがあった。あれは……ここに入ってから描き始めたものか?」
「だったら何だよ」
膝枕から脱するのを諦めた旭は、目だけでキッとアラタを睨んだ。
「いや、まるで実物を見ながら描いたような風景ばかりで、ここに軟禁されながらどうやって描いたのかと思って」
「そんなもん、昔一度見てるんだから、頭の中の風景を写せばいい」
アラタが首を振ると、その振動が彼の膝から旭の後頭部に伝わった。
「旭の絵は本当にリアルだ。光の加減からその表面の反射まで。頭の中の記憶だけで描けるとは思えない」
「信じられなくても事実なんだから仕方ないだろ。なんだっけ、映像記憶? 俺、一度見たものは結構長く覚えてられるらしい」
覚えていられるということは、忘れることができないとも言う。ニュースや新聞に旭が過剰に反応するのも、あの時の記憶が鮮明すぎるほどに蘇ってしまうから――崎原もそう言っていた。
「映像記憶……それは知らなかった」
「まあ、親と医者にしか教えてなかったしな。俺の絵がうまい種明かしされてガッカリしたか?」
写実的な絵を描くにあたって、この能力はいわば反則行為だと思っていた。大人たちは旭の絵を見て神童だと言ったが、旭からすれば「この能力があるならできて当たり前」だと自己評価している。
「種明かしでも何でも、俺は旭のことなら全部知りたい。そもそも、あの絵の魅力は単にリアルだからではない。さっき君のスケッチブックを見て分かった。君の絵の中にいつも立っている人物は、旭自身」
核心を掴もうとするアラタの手が、旭の心臓を鷲掴みにしてぴたりと止める。何か言わなければと思っているのに、この口は誤魔化しの一つも紡げない。黙っていればいるほど、言われたことが正解だと言っているようなものなのに。
「この狭い部屋だけではなく、いつかここを出て絵の中と同じ場所に立ちたいと思っている。だから君の絵の中にいるあの後ろ姿だけは、いつも時間や空間を飛び越えた非現実の君自身だ」
怜悧なその双眸は、旭の皮膚の下まで全て解析し尽くしているかのようだ。繕っても勝ち目はないと踏んだ旭は、早々に降参の白旗を上げた。
「そんな風に分析されたことなんてなかった」
「当たっている自信はない」
アラタの声色が急に弱気になった気がして、そっと彼の頬に手を伸ばす。
「いや、多分合ってるんじゃないか? ちょっと嫌なことがあって、いつか誰もいないアトリエを俺一人で見る日が来るんだろうなって、そんな未来を想像して描いたのが、あの展示会に出した絵だ。でも、想像してたより早くに父さんたちはいなくなって、俺はあの絵が大嫌いになった。俺があんな絵を描かなきゃ、父さんたちは助かったのかもしれない。馬鹿みたいな罪悪感だけど、俺は本気で後悔したし、父さんたちが死んで絵を描くのもやめた」
「止めていない。だからここでもああして絵を描き貯めた」
「暇で暇で仕方なかったから、かな」
旭の軽口に、アラタは重々しく頭を振った。
「違う。旭がそれだけ絵を描くのが好きだということだ」
ふと、いつか聞いた父の透き通った声が蘇る。
『旭にどんなすごい記憶力があっても、その通りの世界を絵にすることができるのは、それだけ絵を描くことに執着できるからだよ』
もう両親も撤収した夕焼け色のアトリエで、一人黙々とキャンバスに向かっていた時、夕飯を知らせに来た晶はそう言った。まだ幼かったあの日の旭は、彼の言葉をうまく飲み込むことができなかった。生まれた時から親が絵を描いていて、それを真似する理由など考えたこともなかったのだ。
親と同じ職業にはなりたくなかったから、プロになるつもりもなかった小学校時代。
さらにΩであることが判明した中学の頃は、芸術などという文化系の趣味を恥だと思っていた。画家という職業は、普通の仕事ができないΩの象徴だ。何より、両親のように絵で食べていけるのは稀なケースだということも分かっていた。しかしそれでもやはり、両親のアトリエに行って絵を描くのはストレス解消になっていた。
なぜ描くのか、何のために描くのか、それは今までずっと喉元に引っかかったままになっている。
「旭がどれだけあの絵を嫌いでも、描いたことを後悔していても、あの絵がなければ俺は君を知らなかった。俺にとっては大事な思い出だ」
目的もなく描いた絵が、今こうして一人の男に何かを与えている。それは今までに感じたことのない、不思議な感覚だった。
「あの絵がなかったら、お前はここに入ることもなかった……?」
独り言のような旭の言葉に、アラタは大きく首を縦に振った。
「研究センターでこの実験の話を聞いた時、相手となるΩとして篠原旭という名前を聞いた。同姓同名かとも思ったが……色々と調べさせてもらって間違いないことを確認した」
彼がわざわざ自らこんな軟禁生活を望んだ理由。初対面から旭をじっと見つめて、追いかけてきた理由。分かってしまえば簡単なことだった。
「おかしいと思ったんだよな。初体験の相手だから先に共同生活しておきたい、なんて。要は俺を……俺の絵を知ってて興味があったってわけだ」
「別にあれだって嘘じゃなかった。あの絵を描いた人物と出会ってすぐにそうなるのは、やはり嫌だった。俺が知りたかったのは篠原旭の容姿や身体ではなく、あの絵を描いた心の方だったから」
まるで旭はあの絵のオマケのように聞こえなくもなかったが、彼は優しい手つきで旭の前髪を梳いた。
やめろ。そんな風にされたら、また勘違いする。
目と鼻の間がツンと熱くなり、慌てて鼻を啜った。
「最初の『どうしてこんなことをするのか』という質問に対する答えにはなっていないかもしれない。ただ、旭は俺の好きだった絵の作者で、君を知るためにしばらく一緒に生活して、そして今なんとなくこうしたくなったとしか言いようがない」
何となく、先ほどからアラタの話す速度が少し早い。照れているのか、あるいはまだどこかに嘘があるのか。
探るような旭の視線を遮るように、再び骨ばった温かな手が旭の目元を隠した。目を閉じれば完全な闇に包まれ、思考ばかりが捗る。
結局お前がこうやって俺に構うのは「好きな絵の作者が俺だから」か? それとも「絵だけじゃなく、一緒に暮らすうちに俺自身も好きになったから」か?
一番知りたいのはそこなのに、この奇妙な男は、まだ自分でもその答えを知らないのかもしれない。答え合わせの結果、「アラタは俺のことが好きなんじゃないか?」という回答には中途半端な三角が付けられた。
もどかしい。発情中に達することができないあの下半身の感覚よりも、ずっとずっともどかしい。
それと同時に、旭はふと閃いてしまった。「アラタは俺のことが好きなんじゃないか?」――それは単なる疑問や仮説ではなく、旭自身の願望だった可能性に。
もしかしたら俺の方こそ、こいつのことが好き……なのかもしれない。
その答えにはすぐに打ち消し線が引かれ、「αを好きになるなどありえない」と書かれた修正テープが、旭の本音を完全に覆い隠した。