昼下がりの寝室、旭はベッドの上でゴロゴロしながら、読みかけだった文庫を読んでいた。少し前にアラタは外へ行ってしまっており、室内はとにかく静かだ。もう五月の頭だというのに、窓のない地下室には外の陽気も入ってこない。
旭の方から一方的にアラタに好意を向ける日々はあれから二週間以上続いていた。
とは言っても、結局旭は言葉にして自分の気持ちを伝えるまでには至らず、夜一緒に寝ながら彼に身を寄せるくらいしかできていない。そしてアラタもまた、旭からのスキンシップに応えることはなかった。
傍から見れば、二人の関係は実に冷え切って見えることだろう。現に、検査などの折に旭を連れ出した研究員は、旭に憐みの目を向けたり、嘲りの言葉を投げつけたりしている。彼らはアラタを「この研究所側の人間だ」とでも思っているらしく、アラタが旭の好意を無碍にする様を見ては喜んでいた。その結果、アラタは最近研究員らと夕食を外で食べてくると言ってでかけることさえあった。
外野には勝手に言わせとけばいいんだ。あんなカメラ越しで、俺たちのことなんて何も分かっちゃいないんだから。
旭はそうやって気を強く持とうとしていた。現に、彼と旭の間の空気はそこまで悪くない。旭から話しかけてやれば、以前と全く変わらず会話をすることができる。
だが平気なフリをしていても、時間が経てば経つほど不安になる。
俺がこれだけ押してんだからさ、本心では俺が好きなら、もうちょっと応じてくれていいんじゃないか? 大体、研究所だって実験の邪魔さえしなければ恋人ごっこも構わないって言ってたのに、ここまで徹底して冷たくする必要がどこにあるんだ? 恋人に浮気だって怒られるからか? 研究員と仲良くなったら、美味い飯が食えるから? 俺が笑い者にされてるのを餌にして研究員に取り入りたい? それならやっぱり、あいつは俺のことなんて好きでもなんでもないんじゃないか?
迷えば迷うほど、彼に大々的に告白しようという勇気もなくなっていく。だが庸太郎が顔を出した日などは、アラタから見えない嫉妬の気配を感じ取れることもあり、ますます訳が分からなくなっていた。
そして今、旭の心の健康状態は身体にも影響を及ぼしていた。というのも、本来予定されていた日付はとうに過ぎているのに、旭の身体には発情期が来ていないからだ。周期が二~三日ずれるΩは珍しくないが、旭は月末に規則正しく発情期がやってきていた。それが今月になって突然五日も遅れている。予定日からこの部屋は警戒態勢に入り、出入りが厳しくなっていたが、完全に肩透かしをくらった形だ。
部屋の外では予定が狂って研究員らがバタバタしていることも知っていたが、主役である旭はのんびりベッドに俯せになって本を読みながら待つしかない。
その時、玄関の扉が閉まる大きな音と共に、ベッドがほんの僅かに振動した。旭は身を起こして、本をベッドサイドの引き出しにサッとしまう。足音が廊下を移動しているのを確認し、自分もベッドを降りて寝室を出た。
リビングへ向かうと、ちょうどアラタがソファに座ったところだった。
「何打たれたんだ?」
リビング入口の壁に凭れかかり、ソファにいる普段着姿のアラタを観察する。警戒期間が続いているため、彼はいつもの部屋で仕事をすることができない。今日は薬の再投与として一時的に外へ連れ出されていた。旭の発情周期が狂ったせいで、予定日に投与されていた薬は効力を失っているからだ。
「今月は鋤鼻器の受容体感度を向上させる物質がどうとかこうとか聞いていたから、おそらくそれだろう」
「へえ、ほとんど意味分かんねーけど、要はフェロモンを感知しやすくしたってこと?」
「そう。神経細胞が電位変化を起こす閾値を下げる――」
淡々と話し続けようとするアラタを、軽い咳払いで制止する。
「あー、はいはい。で、うまくいくと思うか?」
旭は視線を落とし、つま先でフローリングの床を蹴った。
「さあ? うまくいかなければ、来月は受容体の先、神経を見ることになるんだろう。かつてヒトが皆βだった頃は、この神経伝達の中枢となる副嗅球が――」
「もういい。俺が話したいのはそんな話じゃなくて、その、もし今月うまくいかなかったら、俺は――」
不意に頭に思い浮かんだ庸太郎の姿が、旭の口を見えない手で塞いだ。
「それが、今月の発情期が遅れている理由か?」
ソファで足を組み直すアラタに、旭は「え?」という掠れた声しか出せなかった。
「旭の発情周期の乱れは、ストレスが原因だろうと研究員が話していた」
「ああ、うん、なんだろな? 今までの発情期と何も変わらないはずなのに、相手が庸太郎ってだけなのに、おかしいよな」
旭は冗談めかして言おうとしたつもりだったが、声には全く張りがなかった。旭のできそこないの笑顔を見て、アラタは僅かに目を眇める。
「旭にとって、あの男は特別?」
「違う、そうじゃない。そうじゃなくて……」
早口で否定しながら、どうして分かってくれないんだろうともどかしくなった。
庸太郎と会った日は、アラタの周りの空気の温度が明らかに下がる。アラタを怒らせたくない。これ以上彼に冷たくされたくない。だからこそ、次の発情期が怖い。
「お前は、気にならねーわけ? 俺がアイツとヤることについて」
まるで自ら「嫉妬してほしい」とアピールしているようになってしまったが、最早体裁など取り繕う気はなかった。必死な旭とは真逆に、アラタはゆったりと足を組んだまま微動だにしない。
「俺がここに来るまでに、旭は毎月誰かとそういうことをしてきた。今更だ、と旭自身が言っていた」
「俺が何を言ったかじゃなくて、お前はどう思うんだ?」
「……旭に同意だ。そんなの、何も気にすることじゃない」
彼の言葉の間。視線の動き。それらには、旭にしか分からないくらいの小さな躊躇いがあった。
こちらがこれだけ本心を見せているのに、彼はまだ心の内を曝け出してくれない。旭はほんの少し失望した。
「あっそ」
彼への気持ちを自覚してからずっと、自発的に好意を見せてきたが、彼の牙城は全く崩れる気配がない。蓄積されてきた不安や苛立ちがついに臨界点を越え、もうこの男の「本心」などを慮ってやる必要などない気がしてくる。
お前が本当に気にしないって言うんだったら、俺だってさっさと発情期なんて終わらせたいんだよ。相手が誰だろうが、俺の方は気にしてないんだからな。
旭はズカズカと寝室へ向かい、バタンと大きな音を立ててドアを閉め切った。
***
発情期の訪れを恐れなくなった途端、旭の身体は徐々に体温を上げ始めた。寝室に逃げ込んで四時間、時刻は夕食どきになっているが、もう食事を作ることはできないだろう。
ベッドに横になり、気怠さが増していく感覚に身を任せていると、ドアが開いてアラタが姿を見せた。
「旭? 夕食は――」
ぐったりしている旭を見て、彼は何かに気付いたようだった。
「アラ、タ――」
名前を呼ぶと、彼が慎重に近付いてくる。先月の記憶は旭の記憶にしっかりと刻み込まれており、彼が旭に発情するというビジョンがまるで見えない。ベッド脇に来た彼は、予想通り冷静に旭を見下ろした。どうやら今月の実験も失敗のようだ。
そんなことを考えている間にも、旭の身体の奥からは徐々に疼きが広がっていく。羽毛に擽られるような感覚が、一点からサッと全身に広がって撫で回されたらこんな感じかもしれない。発情期初めの、このゾクゾクするような感覚だけは好きだった。その後に地獄が待っていると分かっていても。
身体の中心に熱が集まり始め、旭は前屈みになって身体を丸める。アラタの視線から、はしたない部分を隠してしまいたかった。
その時、ガタンという大きな音が玄関から届き、旭ごとベッドを揺らした。足音はすぐに寝室へ来るかと思いきや、一度リビングの方へと消える。その後少しして寝室に入ってきたのは、白衣姿の庸太郎だった。
「今月も駄目だったみたいだな」
彼はなぜか片手にダイニングの椅子を持っていたが、それを壁際に置いた。
「旭、ゴールデンウィーク中に発情してくれてよかった。これより遅れると、俺も大学が少し忙しくなるからさ」
「誰もお前のスケジュール考えて発情してるわけじゃ――」
ツカツカと歩み寄ってきた庸太郎は、アラタを押し退けて旭の身体を抱き起こした。彼は白衣のポケットから茶色い小瓶を取り出して、手早くキャップをくるくると回している。
「口、開けて」
ムスッと俯いても意味はなく、庸太郎は旭の顎を上げて簡単に口を開かせる。何が起こったか分からない内に、キャップの内側についたスポイトから何かの液体を口内に垂らされた。
「苦……何だ、これ」
ケホケホと咳をする旭を見守りながら、庸太郎はキュッと瓶の蓋を閉めた。
「いわゆる媚薬ってやつ」
「は!? そんなのなくても発情してんだろ。ただでさえ発情してるのにさらに媚薬って、馬鹿じゃねーの?」
「これにもちゃんと理由がある。今までの研究成果から得られた新しい試みなんだ」
「研究なんて……進んでんのかよ。俺には何も言わないくせに」
庸太郎は旭の頬を確かめるようにゆっくり撫でた。
「旭の胎内も卵子もガードが固いんだ。知り合いの俺と媚薬の力で、旭が気を許してくれたらって作戦」
「……あほらし」
軽口を叩いているが、そろそろ旭の身体は本格的な発情状態に入ろうとしていた。肌に擦れる布がもどかしくなり、早く全てを脱ぎ捨ててしまいたくなる。そわそわと視線を彷徨わせると、部屋を出て行こうとするアラタを視界の隅に捉えた。
「一条さん。あなたはそこに座ってください」
アラタを引き止めた庸太郎は、先ほど持ってきた壁際の椅子を指差している。
「なんで、そんな――」
旭だけでなくアラタも「なぜ」と目だけで訴えていた。
「彼に特別な情がないと言うなら、問題ないですよね?」
庸太郎の声は穏やかだが、どこかアラタを試すような嫌味なトーンだった。
「嫌、嫌だ。アラタはあっちで待ってろ――」
「悪いけど、旭に決定権はないんだ」
庸太郎がそう言うのと、アラタが指定された椅子に座ったのはほぼ同時だった。
絶望に首を振る旭を、庸太郎が軽々と抱え上げる。どこに連れて行かれるのかと思ったら、庸太郎はすぐベッドの端に腰を下ろし、膝の上に旭を座らせた。後ろから抱き締められながら顔を上げると、アラタが座っている椅子が真正面に見えた。
「一条さんに旭の本当の姿、しっかり見てもらわないとね」
最悪。最悪。どいつもこいつも変態のサディストだ。
心の中でそう叫んで抵抗しようにも、もう身体に十分な力が入らない。
旭を拘束する手は、シャツの下からするりと入り込み、すべすべとした旭の脇腹を撫で上げる。
「……っ」
邪魔な服を首から抜き取った後、彼の手はすぐに旭の下半身へと移動した。
本音を言うと、もう下着の中は窮屈で仕方がない。早く全部脱いで、まずは一回欲望を開放してしまいたい。しかし細い腰を捕らえている魔の手は、旭の身体を少し持ち上げると、ジーンズだけを引き抜いた。
「ここ、まだ触ってないのに」
大きな手が旭の股間をボクサーパンツの上から掴んだ。少し触られただけで、旭のそこは固く芯を持ち、下着にくっきりとした形を浮かび上がらせた。
「旭のパンツ、濡れてきた。白って透けるとエロいよな」
旭はきつく目を閉じて、耐えるように俯く。
「これって旭の勝負パンツだった? 一条さんが発情してくれた時のための」
こんな時までアラタへの好意を揶揄されて、怒りや屈辱が湧き出してくるのに、それも全部劣情と性欲の波がさらっていってしまう。いつもの発情よりも今回はやけに体温が上がっているようで、意識的にはあはあと荒い呼吸をした。
「旭、ここキツいんじゃない? ああ、それとも旭の可愛いサイズなら全然キツくないのかな」
下着にできた染みの下、旭の欲望の先端を庸太郎の指がツンツンと突く。正面にいるアラタからはどんな光景になっているだろうと想像すると、身体がさらに火照った。
この異常な体温の影響か、先ほどから急激に頭が回らなくなってきている。旭の頭の中は、快楽を追うことに支配されつつあった。
「ほら、言わないと何もしないよ」
下着にできた山を布越しに揉まれ、旭は半開きの口から声を漏らした。
「嫌、だ。脱ぎたい。脱いで、触って……」
唇から言葉になって溢れる旭の欲望に、庸太郎は喉の奥で笑った。
「旭の顔、トロトロだ。あの薬すごいな」
僅かに残っていた理性が、先程飲まされた例の媚薬のことを想起する。しかしそれに気付いたところで、今更どうにもならなかった。
「旭、一条さんにも聞こえるように大きな声でお願いしてみてよ」
反射的に顔を上げ、正面のアラタと視線がぶつかる。彼の目はまるで何も映していないガラス玉のように真っ暗だ。
躊躇っていると、旭を急かすように下着の上からそこを扱かれる。
「ゃ、待って……出る……出るから、ぁっあ……、は」
旭はヒクンと身体をしならせて、下着の中に白濁を吐き出した。生地にじわりと水分が浸透していくのを感じながら、乱れた呼吸を懸命に整える。
「うわ、ビショビショ。旭、こんなの履いてて気持ち悪くないの?」
嫌な予感がした。さっさと脱ぎ捨ててしまおうと自分で下着に手を伸ばすも、邪悪な手がそれをがっちりと阻止した。
「ちゃんと言って。『このお漏らししたグショグショパンツを脱がせてください』だからね」
そんなこと言える訳がない。力なく首を振ると、湿った布の上から再び扱かれる。萎えることを知らない発情中のそこは、すぐにまた限界に近付いた。
「このままもう一度パンツを汚すのはかわいそうだから、旭が脱がせてって言うまで待ってる」
彼の手がそこで離れ、旭のモノは濡れた布の下で放置された。自分で触ることもできず、濡れた箇所に空気が当たってスースーと冷える感覚だけが刺激となった。
イキたい。もう何でもいいから、イキたい。
本格的に効果を表した媚薬の力で、旭の理性が崩れ去った。
「……は、っ……脱がせて……ください。パンツ、ビショビショで……また俺のココ、漏らしそうだから……早く」
「じゃあ一条さんによく見ててもらおう」
その瞬間、庸太郎の両手が旭の両膝の裏に潜り込み、グッと上に持ち上げられる。アラタに向かって大きくM字に開脚させられ、酷いことになっている下着も丸見えになった。
「ほら、自分で足開いてて」
言われずとも、旭にはもう抵抗の意思はない。庸太郎は旭の下着に片手をかけ、もう片方の手で器用に旭の腰を浮かせながら下着をずり下ろした。
ジメジメとした窮屈な下着から、旭のモノの先端が弾かれたように飛び出る。庸太郎は旭の足から下着を完全に抜き取り、それを旭本人の目の前に突き付けた。
「見て、前だけじゃなくて後ろの穴のところも濡れてる」
彼の言う通り、後孔の付近も愛液で布の色が変わっていた。
「これ、一条さんにあげようか」
信じられない言葉が聞こえたかと思ったら、白い布の塊がアラタに向かって放り投げられる。それはうまい具合に彼の膝の上に落ちた。
「う、そ……」
旭は呆然と呟いたが、アラタの方は飛んできたものを一瞥しただけだった。その隙に背後からカチャカチャとベルトを外す音が聞こえる。彼はそのまま旭ごと身体を浮かせて、下半身の衣類を少しだけずり下ろした。
「旭のココ、もう準備できてるよね」
大きく開かれた足の中心にある窄まりに、彼の無骨な指が伸びる。媚薬の効果でそこはもうたっぷりとぬめっていた。
臀部に当たる庸太郎の中心も、旭の発情にあてられて固く勃ち上がっている。彼はそれで旭の入り口付近をヌルヌルと擦った。
「旭、入れて欲しかったら、分かるよね?」
早く欲しくて堪らない――Ωの本能が媚薬によって何倍にも増幅されている。タガの外れた旭の唇は、欲望のままに言葉を紡いだ。
「入れて、庸太郎の大きいの……俺の中に来て」
すぐ後ろで恍惚とした溜め息が聞こえ、入り口付近を擦っていた欲望の先端が、旭の中ににゅるりと侵入する。しかし彼はそこでさらに焦らし、中々奥へと来てくれない。もどかしくなった旭は自ら腰を落とそうと悶えた。
「早く、奥まで来て。いっぱい突いて、俺の気持ちいいとこ、めちゃくちゃにして」
我を忘れて腰をくねらせると、耳元に彼の笑った吐息がかかった。
「……だそうですので、一条さん。ヤッてもいいですよね」
その瞬間、消え去りかけていた理性が奇跡的に機能した。
「ちが、違う、俺は――」
「分かってる。Ωだから発情するのは仕方ない」
庸太郎は、白濁で汚れた旭の性器を宥めるように撫でた。
「俺もαだから、こうなるのは仕方ないんだ。俺の理性もそろそろ限界……いや、とっくにぶっ飛んでるからこんな酷いことができるのかな」
言葉の穏やかさとは裏腹に、彼の熱いモノが旭を奥まで一気に貫いた。その衝撃で旭の先端からはまた少量の白い液体がピュクッと漏れ、庸太郎の手を汚した。
「ほら旭、一条さんに繋がってるとこ見せて。そうすれば、彼もαの本能を思い出すかもしれない」
庸太郎は汚れた手もそのままに、両手で旭の足を大きく開かせる。二人の結合部分をアラタにハッキリと見えるようにしてから、旭の身体を上下にゆさゆさと揺らした。
「嫌だ、見るな、俺は……ぁ、あ」
自分が何を言おうとしたのかも分からないが、その言葉はすぐに喘ぎ声にかき消される。庸太郎は下からズンズンと奥を突きながら、的確に旭の前立腺を攻め立ててきた。
「旭のためにちゃんと練習した甲斐があった。あの時は初めてで無我夢中だったから」
そう自負する通り、彼は今までの誰よりもうまかった。戻りかけた理性がまた陣地を縮小し、快楽が頭を制圧し始める。
「ねえ旭、俺上手になったよな? どんな感じか教えて?」
二人の繋がったところからは、ぱちゅんぱちゅんと激しい水音が聞こえている。もう既にぐちゃぐちゃなのだから、後はどうにでもなってしまえと後押しされているような気がした。
「ふぁ、あ……庸太郎の、おっきいのが、俺の中、ぁっ、あ……気持ちぃ、から、もっと……」
旭のおねだりに気を良くしたらしく、庸太郎は下からの突き上げを激しくした。抽挿に合わせてはあはあと息を荒げながら、何も考えられなくなってくる。旭は宙に放り出されている爪先を痙攣させて、何度も達した。
「旭のコレ、垂れ流しでもったいないね。一条さんにあげようか」
彼の言葉の意味が分からない。中で庸太郎の亀頭球が徐々に膨らみつつあるのを感じながら、旭の欲望がまた解放を求め始める。イキそうになって庸太郎のモノを締め付けると、彼の手が旭の茎に添えられた。
何をするのか朦朧とした意識の中で考えても見当がつかない。彼が旭の銃身を正面にいるアラタに向けた瞬間、やっとその意図が分かり戦慄した。
「ゃ、だ……! 駄目、だ……っ」
抵抗も虚しく、旭のそこからは勢いよく数滴の白濁が放出された。だがそれは当然アラタまで届くことはなく、彼とベッドの間の床にパタパタと落ちた。
「残念。旭の気持ちは一条さんには届かなかったみたいだ」
羞恥なのか何なのか分からない涙で視界が歪むが、決してその水滴が頬に零れないように堪えた。それでも眉一つ動かさないアラタは、まるでマネキンかロボットのようだ。
俺のことが好きなら助けろよ。嫉妬して怒って、こいつをぶっ飛ばしてくれよ。
旭の願いも身体の熱も、氷のように冷たいアラタの視線を溶かすことはない。
「だからさ、旭は俺にすればいいんだよ。旭が抱き締めてほしい時、俺ならちゃんと抱き返してやれるんだから」
そう言って庸太郎は旭の身体をきつく拘束すると、旭のことなどお構いなしにピストンを早めた。
「ぁ、っあ、ん、あっ、ぁ……」
呻き声なのか喘ぎ声なのか分からない途切れ途切れの声が旭の口から漏れ続ける。庸太郎の固い先端にゴリゴリと性感帯を突き上げられながら、射精もせずにずっと達しているような感覚だ。蠢く内壁で意図せず中の剛直を絞り上げると、庸太郎のモノが大きく痙攣し、旭の胎内に彼の種がたっぷりと注ぎ込まれた。
はっはっと全力疾走した後のような荒い息をつきながらも、彼は旭を抱く力を緩めなかった。まるで途中で誰かに妨害されるのを恐れているかのように。
旭の中の彼のモノは時折ビクビクしながら、精液を送り込み続けている。やっと息を整え始めた庸太郎は、満足気に笑った。
「旭は、毎月違う男と実験をしてきたって聞いたんだ。つまり、全員一回きり。今この世界で旭と二回セックスしたことがあるのは、俺だけってことだよな」
どうやら旭にとっての特別な何かになれたと勘違いしているようだ。
何がどうなろうと、俺の心がお前のものになるわけないのに。
媚薬でおかしくされていても、理性は冷静に彼を拒否していた。いつもと同じように、旭の下腹部は変に冷え切っている。迸る彼の熱い欲望とは裏腹に。
「旭、好きだよ。旭が種付けされてるところ、一条さんにしっかり見ててもらおう」
僅かに白い液体が漏れ出ている二人の結合部を、庸太郎が一度下から突き上げる。ぶちゅり、という空気交じりの水音は、きっとアラタの耳にも届いただろう。
庸太郎はまだ荒い息を吐きながら旭の下腹部を愛おしそうに撫で回している。この行為で旭が妊娠すると本当に信じているのだろうか。射精が終わり切るまで三十分ほど、彼の腕も亀頭球も旭を逃すまいと必死で、旭はどこか他人事のようにそれを憐れんでいた。
やっと一回戦が終わった後、庸太郎は旭の身体をベッドに横たえた。
「今夜は一晩中旭の相手をしていいって言われてるんだ。旭の発情に合わせて朝までずっと……仲良くしよう」
彼はそう言いながら、白衣や衣服を脱いでいる。それは即ち、アラタも朝まであそこに座らせるということだろうか。
アラタの方をチラリと見ようとしたその時、裸になった庸太郎が覆い被さってきた。
「旭はそんなに一条さんが気になるのか?」
見上げた彼の顔は逆光で影になっている。そのためよく見えないが、彼の口の端が一瞬邪悪に歪んで見えた。
「なあ、彼は母親も弁護士だってことは聞いてるか? 一条瞳子さんって言うんだけど」
突然なぜそんな話になるのか分からない。ポカンとする旭の前髪を優しく梳きながら、彼は先を続けた。
「君の両親を殺した事件の犯人――あの男を裁判で無罪にした弁護士が、その一条瞳子さんだよ」
両親の死に顔。伯父から犯人の無罪判決を聞いた時の薄暗い面会室。
旭の脳にある写真がいくつもいくつも溢れ、処理が追いつかなくなる。耳元でシンバルを叩かれたように、頭がグワングワンと震えて視界が回る。
庸太郎の身体に抱き締められて、旭は無意識にその胸に縋り付いた。相手が庸太郎だろうがもう誰でもいい。ただそうしていないと意識がどこかへ飛んで行ってしまいそうだった。
***
「彼の様子は?」
ノイズ混じりの放送で、旭は目を閉じたまま意識だけを取り戻した。ドアが開く音とともに、放送に向かって話すアラタの声が聞こえてくる。
「見ているなら分かると思いますが、無反応です。薬は効いているようですが、食事を摂りません」
ゆっくり目を開けると、見慣れた寝室の天井が目に入った。
「抑制剤が効いているなら、点滴の女医を入れよう」
放送はそこで一方的にプツッと途切れる。
旭はベッドの上でだるい身体を起こし、ぼんやりする頭を軽く振った。
あの後、何もかもを忘れるように庸太郎との行為に溺れた。アラタが見ていようが最早どうでもよかった。どうせ彼は助けてなどくれないのだから。
庸太郎とシャワーを浴びて彼が出て行った後は、いつも通り治験薬を飲み、アラタとは一言も言葉を交わさずにこのベッドに横になっている。飲食も何もせず、もうかれこれ二十四時間近く経過しそうになっていた。
アラタはベッドの横に立ったまま、項垂れる旭を見下ろす。少し前なら、自分を気遣って見守ってくれているのだと好意的に捉えただろう。だが、今はもう何も感じられない。
「いつもの旭なら、もっと怒ると思っていた」
突然話しかけられても、何を言えばいいか分からなかった。
「どうしてあの男から助けてくれなかったのか、どうして母親のことを黙っていたのか、そう詰られるだろうと」
彼に見せてしまった痴態、知りたくなかった真実――それらがフラッシュバックして、旭はそこから目を背けた。その代わりに、目の前にあるアラタの瞳だけをじっと見据える。
「俺、ここの研究所のαの連中の目が嫌いなんだ。いつも見下して、馬鹿にしたような目をしてる。でも、今のお前の目も嫌いだ」
そう吐き捨てた瞬間、アラタは僅かに眉を顰めた。
「俺を憐れんでる。いいように犯されてボロボロになった俺を。お前の母親のこと、ずっと隠されて騙されてきた俺を、かわいそうなΩだって目で同情してる」
アラタは何も反論しない。それを肯定と受け取った旭は、シーツをぐしゃりと握り締めた。
「俺は、αとかΩとか関係なく、お前のこと好きになれるかもしれないと思ってた。いや、お前のことが、好きだった。でもなんか、もういいや。考えるの疲れた」
膝を抱えて腕に顔を突っ伏すと、少ししてからアラタは部屋を出て行った。
「こんなカメラなんか無いところで出会えてたら、俺たち何か違ったのかもな」
言ってすぐに、そんなことはあり得ないと自嘲する。こんな場所にいなければ、Ωの旭に一流弁護士と出会う機会などやってくる訳がないのだ。そして彼が見せてくれた幻のような優しさもまた、旭がここで不当な扱いを受けているからこそであって、旭が外で何不自由なく暮らしていたなら、彼から同情で優しくしてもらうことすらなかっただろう。
その後、旭には点滴が取り付けられたが、その体調はみるみる悪くなっていった。食欲不振、倦怠感、微熱などが重なり、旭は一時的にここを出て治療室に移されることになった。幸いにも発情期が終わった直後で、次の発情までは余裕がある。
旭が部屋を出る準備をしている脇で、アラタは研究員と会話をしていた。
「一条さん、彼が療養する間、しばらく実験は中止です。自宅にお戻りになられますか?」
「いや、自宅は電気や水道を一時止めてるんだ。ここがいい」
「分かりました。その間、今まで通り昼間の仕事はしていただいて構いません」
研究員が旭の元へ戻ろうとした時、アラタが彼を呼び止める。
「あの、実験中止なら、監視カメラだけ止めてもらえませんか?」
アラタは部屋の角に付けられたカメラを指差した。
「分かりました。あのΩがいなければ、特に観察するものもありませんからね」
「こちらからもレンズに布か何かかけさせてもらいます。あのレンズに見られていると、どうも落ち着かないので」
彼は終始そんな調子で研究員と話すばかりで、出て行く旭の方には目もくれなかった。