仲良し男子大学生二人の夏休み 後編 | fDtD    
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後編

 前から薫はちょろいと思ってたけど、まさか勝手に自爆するとは思ってもいなかった。
 そりゃ、本番OKしてくれないかなーなんて下心もちょっとはあった。いや、結構あった。俺は薫への下心で生きてる。
 でもさすがにこんなうますぎる展開は想定外だ。
 フラフラの薫を立たせて、改めて全身を舐めるように見る。ローションでぬらぬら光る白い肌。ずれたマイクロビキニの水着からは、ケツもチンコも丸見えだ。
 俺の薫はエロくてかわいくてちょろい。
 手を引いて窓ガラスの方へ連れて行くと、薫は少し赤くなった。理性が戻ったか?
「ほんとに、ほんとに向こうからは見えてない?」
「向こうからは鏡にしか見えてないよ」
 窓ガラスのすぐ前に薫を立たせて、俺は後ろから細っこい身体を抱き締める。首筋にキスをして耳たぶを食んでも、薫の視線は浜辺の客に釘付けだ。
 一番近いのは、十メートルくらい離れたところで寝そべってる男女ペア。その近くに女二人組がパラソルを立てている。もっと遠くの波打ち際には、サーフボードを持った男が何人か。
「薫は俺よりあっちの方が気になるんだ?」
 尖った乳首を摘むと、薫は思いっきり首を振った。
「待って、これ、邪魔……」
 薫はモジモジしながらパンツに手をかける。足首までずり下げて片足ずつ抜いてから、カーペットの上に白い布の塊をベチャッと落とした。ちなみにあれは後で俺が回収することになっている。
「ん……」
 薫は俺の腕を引っ張って上目遣いにチラチラ見上げてきた。訳すとこれは「キスしろ」だ。
 媚薬でメロメロになった薫は本当に素直でかわいい。いつもこうだったらいいんだけど。
 薫姫のご所望通り、その唇にぶちゅーっと吸い付いてやる。半開きの薫の唇は、俺の舌をすぐに受け入れてくれた。
 薫の舌を軽く吸ってから、口の中を舌でマッサージするように撫でる。まあ、もうマッサージなんて設定はないんだけどな。
 ピチャピチャ薫の口の中を味わっていると、段々薫の身体から力が抜けて、俺に凭れかかってきた。
「ほら、言われた通りにやんないと」
 薫の身体を窓に向けて、後ろから支えてやる。
 それじゃ改めて、いただきます。
 薫の股間をぎゅっと握ってみると、そこはさっき出したばかりなのにギンギンだった。やっぱりあの媚薬ローションの効果はすごい。もちろん、あれは俺にも効いている。
 薫のチンコをヌチャヌチャ扱きながら、俺の硬いのを薫の尻に密着させた。ビクッと震えた薫を無視して、俺は尻の谷間に沿って上下にヌルヌル擦る。
 うん、ケツの後ろ側を使った素股も気持ちいい。でもナマで中をハメる快感には敵わない。
「コージ、も、らめ……はゃ、く……ぅ」
 薫は手探りで俺のチンコを探り当てると、それを掴んで自分の穴へと誘導した。「ここ、ここ」とでも言いたげに、俺の先っぽを窄まりにグイグイ押し付けてくる。
 そんなおねだりに俺が我慢できるはずもなく。
「ぁ、きた……おっき、ぃ」
 薫は無意識の譫言で俺を耳から煽る。俺の黒ずんだ棒が薫の白い尻に飲み込まれていくのがよく見えて、目からも煽られる。
 さっき一度挿入済みのそこは、奥まですんなり入った。ローションと俺の中出しした分で、薫の中はもうグチョグチョだ。
「ん、ん……っ」
 我慢できない薫が、自分からもじもじ腰を前後に振り始める。
「分かってるから、ほらここ掴まって」
 薫は俺に言われた通り、目の前のマジックミラーに手をついた。
 それを確認してから、俺はギリギリまで腰を引く。その次の瞬間、グチュッと音を立てて思いっきり奥まで貫いた。
「……っは、ぁ……」
 キュキュッと締まる薫の中に遠慮せず、同じ抜き差しをグチッグチッと繰り返し、速度を段々早くしていった。
「あ、ぁん、らめ……おかしく、なっちゃ……ぅ」
 バチュン、バチュン――腰を打ち付ける音は水っぽくていやらしい。薫の中から白く泡立った液体が溢れてきて、俺の下の毛や薫の内股まで汚していく。
 フルフルと震える薫の身体は、そろそろ限界の合図。俺がラストスパートに入ろうとしたその時。
「う、そ……あいつら」
 薫の目は外の景色に向いていた。視線の先には、パラソルの下にいた二人の女と、それに合流したもう一人、合わせて三人の水着の女。
 その内の一人がこっちを指差し、三人が訝りながら近付いてくる。
 まあ、浜辺にこんな鏡張りの建造物があれば当たり前か。
 徐々に近付いてくる顔にはどこか見覚えがある。薫が反応してるってことは、知り合いか? でも遠くてよく分からない。薫は目がいいな。
 速度を落としてブチュリ、ブチュリと薫の中を突きながら、彼女たちが目の前に来た時にやっと分かった。
 同じサークルにいた薫の元カノA、Bと、後は……AとBの友達? 名前は確か……アリス、ハスミ、ミサだ。多分。
「や、ら……こんな……」
 気持ちいいのか恥ずかしいのか、薫は半分涙声だった。
 ああ、かわいい。俺の薫は死ぬほどかわいい。
 目の前の女たちは鏡を怪しんでジロジロ見ている。彼女たちが見ているのはあくまで鏡だ。それを分かっていても、まるで俺たちを見ているような気分になった。
「薫、あいつらに見せてやろっか」
 薫の返事を待たずに、俺は急に腰をガンガン打ち付ける。
「ぁ、ん……、ゃ、らめ、らめ……ん、んっ……」
 もしこれがマジックミラーじゃなかったら、彼女たちからは丸見えだろう。薫が男にガツガツ掘られる姿も、勃起したチンコをプルプル揺らしながら感じている姿も、女を落としてきた綺麗な顔が快楽でトロトロになっているのも。
「ふぁ、あ、ぁ……っ、くる、アレ、きちゃう……っ」
 キュウゥッと薫の中が締まってウネウネと痙攣する。限界に近付いていた俺は、その刺激で薫の中に精液をぶち撒けた。
「……は、ぁ……」
 薫の身体からぐにゃりと力が抜ける。窓ガラスも薫の腹部にも新しい精液はない。どうやらドライでイったらしい。
 薫の中からチンコを抜くと、俺の出した液体がドロッと垂れた。それでもまだ俺のはギンギンにそそり立っている。まだ足りない。それは薫も同じはず。
 力の抜けた薫の身体を支えながら、そのまま近くにあったロータイプのソファに座る。
「ほら、おいで」
 先に座った俺は、自分のチンコと薫の穴の位置をぴったり合わせてから、薫の身体をゆっくりと下に沈めていった。
「ぁ……こー、じ……」
 背面座位で俺の根元までズップリハメてから、薫の両脚を左右に大きく開かせる。
「俺たちが繋がってるところ、あいつらに丸見えだな」
 女たちはまだすぐ目の前に立って、何やら化粧崩れを確認している。
 もうちょっと下見てみろよ。二人の玉袋に挟まれた結合部と、その上にビン立ちになってる薫のチンコ。絶景だと思うぞ。まあそっちからは見えないんだけど。
 薫は中をキュンキュン締めた後、慌てて首を振った。
「み、見えてない……からっ」
 マジックミラーだって分かってても興奮してるくせに。
 何かもっと羞恥を煽れるものはないかなー……なんて考えてた所に、ちょうどいいものを見つけた。
「向こう、雨雲がある。もしあれがこっちに来て、外が暗くなったら……電気点いてるこの部屋の方が明るくなったりして」
「ふ、ぁ……っ?」
「さっきマジックミラーの説明しただろ。外の方が暗くなったら、見え方が反転するんだ。外からは俺たちが丸見え、中の俺たちからは鏡にしか見えなくなる」
 ちょっとしたスリルを植え付けてやると、薫の身体は正直にヒクヒク反応した。すぐそこに転がってるリモコンを使えば、万が一の時もすぐマジックミラーの外にシャッターを下ろせるんだけど。
「……っ! ゃ、ら……っ」
 逃げようとする細い腰に片腕を巻き付けて、下からズンズン突き上げる。
「こ、こーじは、見せたいの? お、俺のこと、皆に……っ」
 涙声どころじゃなく、薫はズズッと鼻をすすった。ちょっとだけ、かわいそう……かも。
 つい絆された俺は、腰を止めて薫を後ろからギュッと抱き締めた。
「まさか。絶対見えないって分かってて、こっちから勝手に自慢できるのがいいんじゃないか」
「じまん……?」
「うん、薫は俺が寝取ってやったぞって」
 俺はマジックミラーの向こうで水着を整える女たちに目をやった。
「俺、寝取られって性癖はまっっったく分かんないけどさ、寝取るのは好きなんだ」
 彼女たちに見せびらかすように、薫の首筋や肩にキスをして、乳首を指先でコロコロ転がす。
「薫の元カノ全員に言ってやりたいよ。薫はもう俺のだって。男のチンコ咥え込む淫乱に調教しましたって」
「……らめ……っ、言わ、ないれ……っ」
 小刻みに首を振る薫を無視して、俺はまた下からガツガツ薫を揺さぶった。
 身支度を整えた女たちは、パラソルの方へと戻っていく。最後まで見ていけばいいのに。
「外、少し暗くなってきた。雨になったら海の方のサーファーも皆こっち来るね」
 波の合間にポコポコ浮かぶ頭を見ながら、薫を小刻みに揺らすように下から前立腺を刺激する。
 中がうねってるのは俺の刺激のせいか、あるいは――
「薫、あのサーファーたちに見られるの想像して興奮してる?」
 乳首をギュッとつねると、薫はイヤイヤをするように首を左右に振った。
「俺じゃなくて、あの人たちでもいい?」
 寝取られは嫌いだ、なんて言ったそばから、筋肉の付いたカッコいいサーファーに犯される薫を妄想した。……やっぱり面白くない。萎えそう。
 薫が俺しか考えられないように、もっと激しくしようとしたら。
「ん、こー、じ、だけ……」
 薫が首だけで一生懸命振り返って、無言でキスをねだった。今薫の目に映ってるのは、俺だけ。
 思わず薫の唇にむしゃぶりついて、ギュッと抱き締めた身体を下からがむしゃらに突き上げる。
「んむ、ん……ん〜っ」
 上下に跳ねるように身体を揺さぶられながら、薫が身を捩る。
 薫の胸全体を揉むように左手で覆うと、手の平にぷっくり膨れた乳首の感触。右手で薫のチンコを握ってみると、我慢汁だかローションだか分からないものでヌルヌルだった。
「ん、んっ、ん、ん……」
 唇を塞がれた薫が、喉の奥で喘いでいる。かわいい声が聞きたくて、深く合わせていた唇を解放した。
「ぁ、ん、ぜんぶ、さわっちゃ、らめ……こわ、れる……んっ」
 乳首とチンコと前立腺――気持ちいいところ全部を触られた薫が、暴れるように身体をしならせる。
「……は、薫……あの人こっち見てる」
 砂浜からこっちを伺うカップルを見て、薫の耳元にそっと教えてやった。
「ゃ、あ、ぁ……っ、ん」
 俺の右手の中で薫のチンコが脈打つ。薄くなった白い液体がピュピュッと飛び出して、窓ガラスにかかった。
「っ、あ……っ」
 薫の内壁に絞られるように、俺の方もドクドク射精した。薫の奥の奥まで届くように。浜辺の人全員に、俺が薫に種付けするのを見せつけるように。
「は……っ、は、あ……」
 息切れする俺の上で、薫はくったりと半分意識を手放していた。
 やばい、やりすぎたかも。あの媚薬はやっぱり危険だ。俺までぶっ飛ぶ。
 とりあえず薫の中からチンコを抜いて、ソファに横にしてやる。
 そばに落ちてたボクサーの水着……は媚薬ローションが付いてるからヤバい。最初に着てたサーフパンツを手早く履いて、マジックミラーに付いた薫のカルピスを備品のタオルでゴシゴシ拭く。
 その時、背後でガチャっとドアが開いた。
「柊君、大丈夫?」
 宇治平さんの声に俺はヒュッと息を呑んだ。そういえば……全部見られてた。
「す、すみません。続き……」
「もういいのいいの。台本的に後は男の子二人が大慌てで身繕いして、出てきた僕とマッサージの感想について話すだけだから」
 慌てて水着着て、精液拭いて、どうやら俺は無意識に台本通りの行動を取ってたらしい。
「本当にすみません。こいつ勝手に本番用使ったみたいで」
「それは別にいいよっていうか、むしろテストとしてもばっちりだし、眼福眼福」
 宇治平さんはヌルヌルトロトロ状態の薫を見て満足気に笑う。
 その視線に気付いたのか何なのか、薫は「んー」と呻いて意識を取り戻した。更衣室から薫の履いてたサーフパンツを持ってきて、まだぼんやりしてる薫に履かせる。
「とりあえず、シャワーで流してこい」
 薫は内股を摺り合わせながら俺を見上げた。どうやらまだ足りないらしい。
 でもすぐそばの宇治平さんに気が付いて、真っ赤な顔でシャワールームに逃げていった。
「それで、五十嵐君の恋煩いは解決した?」
 シャワールームから水音が聞こえ始めてから、宇治平さんは腕を組んで壁に凭れかかった。


***

 あれは七月に入ってすぐの頃。
 バイトの休憩中に思わず溜め息をついた俺に、宇治平さんが声をかけてくれた。
「どうしたの? 柊君とまた喧嘩でもした?」
「喧嘩じゃ、ないですけど」
 俺はそこでちょっと躊躇った。ソファとテーブルのある休憩スペースは、可動式の衝立だけで区切られていて、外に誰かいたら丸聞こえになる。
 入口には宇治平さんが立っていて、その向こうは見えない。とにかく耳を澄ましても足音一つ聞こえないのを確認してから、俺は先を続けた。
「俺たち今大学三年で、もう秋から就活始まるんですよ。それに先立って、夏休みはインターンとかやってて……薫がインターン受かったって」
 確か結構大手でウェーイな感じの広告代理店だ。薫のドヤ顔が今でも頭に思い浮かぶ。
「五十嵐君は?」
「俺はまだ就活するつもりはなくて。修士までは取っておきたいな……って思ってます」
「修士って大学院? 何年だっけ? 僕大学って詳しくなくてさー」
「ちゃんと修論出せれば二年、ですね」
 宇治平さんは「バイト続けてくれるならいつまでも学生でいいよ」なんて笑うけど、俺にとっては一大事だ。
「なんか、薫だけ二年先に大人になるみたいな気がして……。俺から自立してどっか行っちゃうんじゃないかって不安が、こう……」
「まあ、入る会社によってはそもそも地方勤務になるかもしれないしねえ」
 そう! まさにそこが一番心配だよ!
 宇治平さんの言葉に俺は勢いよく頷いた。
「あいつ女遊びはもうやめたけど、男なら俺じゃなくても誰でもよくて、俺と離れてから今度は男遊びとか始めたらどうしようって……ああああ、想像したら気が狂いそう。もう胃に穴が開くかも」
 胃がキリキリする。俺は腹を抱えて本気で身体を丸めた。
「重症だね」
 そう、俺は薫依存症っていう病気の重度患者だ。一度始まった不安モードは中々消えてくれず、俺の頭の中にネガティブな想像ばかりがなだれ込んでくる。
「そういえば、セックス誘うのもいつも俺からだし、薫からハッキリ好きって言ってもらった記憶ないし、これって大学卒業と同時に終わるフラグ立ちまくってますよね?」
 顔を上げると、宇治平さんは手の中のコーヒーカップをゆらゆらしながら苦笑いした。
「そういうのは僕に聞かないで、柊君とじーっくり話し合いなよ。でもとりあえず、一夏の思い出作りにいいアイディアはあるよ」
 悩みを聞いてくれる年上のおじさんの顔が、いたずら好きのAV監督の顔になる。
 そして語り始めたのが、海岸に新しく作ったマジックミラーハウスのことだった。カメラのテストだの何だのと適当な理由を付けて、薫をそこへ連れ込んでしまえと。
「開放的な場所でのセックスは心も解放する!」
「それ、俺と薫のセックスを覗き見したいだけですよね……?」
「いや、実際あのマジックミラーハウスの具合をテストしたいから、動機は半々!」
 やっぱり半分は下心じゃないか。なんて思ったけど、俺にも下心はあるわけで。
 少し悩んだ末、俺は宇治平さんの案をありがたく使わせてもらうことにした。


***

 カメラのテストだの仕事だの言われて、薫はまんまと乗せられた。むしろ期待以上のことをしてくれた。
 俺は水音がするシャワー室のドアをぼんやり眺めた。
「少なくとも、男なら誰でもいいわけではなさそうだ、ってことは分かりました」
 それが宇治平さんの言った通り、開放的な場所設定のおかげかどうかは怪しいけど。まあとりあえず、宇治平さんには感謝。
「よかったね。あとのミッションは、柊君の方から誘ってもらうことと、離れても気持ちが続くか確認すること?」
「今日全部できるとは思ってないですよ」
 照れ隠しに首を振ると、宇治平さんは鷹揚に頷いた。
「うんうん、ゆっくりでね。それじゃ僕たち休憩ってことでちょっと海の家行ってくるから、ここ出る時はシャッターと鍵よろしくね」
 宇治平さんがカメラ担当の坂口さんを連れて部屋を出ようとする。
「車で来てるんですから飲酒は駄目ですよ」
「分かってるよお~」
 呑気に伸ばされた語尾は、バタンと閉められたドアのせいで最後が切れた。
 マジックミラーの向こうを歩いていく二人を一方的に見送っていると、背後からの水音が消えた。
「薫? タオル、外に置いてあるぞ」
 少しだけゴソゴソ音を立ててから、ドアがキッと音を立てて開く。
 姿を現した薫は、まだぼんやりしているみたいだ。
「洗い流したら少しは治まったか?」
「んー……」
 タオルを押し付けて頭や上半身をワシャワシャ拭いてやる。
「じゃ、俺も軽く身体流してくるから、その後海にでも入ろう。風呂替わりじゃないけど」
 タオルの合間から、薫のくりっとした大きな目が俺を見つめる。こくっと小さく頷く姿は、いつもの薫と少し違う気がした。


***

 ローションや体液をざっと流してシャワーを出ると、薫は俺を急かして砂浜に出た。
 クーラーの効いた部屋から出ると、直射日光に晒されて肌がひりひりするほど熱い。さっき見えてた雨雲はどこへ行ったんだろう。
 ドアの鍵を閉めるや否や、薫は俺と手を繋いで海へ向かって歩き出した。裸足で歩く砂浜は火傷しそうなほど熱くて、しかも砂に足を取られる。サクサク歩く薫に引っ張られるせいで、さらに歩きにくい。
 砂浜にいた男女カップルが、遠くから俺たちを見ている。男二人が手を繋いで歩いてくんだから、まあ当たり前だろう。
「おい薫、どこ行くんだよ」
「人がいないとこ」
 薫の声の成分を分析すると、半分は怒ってて、半分は……照れてる?
 砂浜からついに浅瀬に入ると、ふくらはぎくらいまで海水に浸かった。
 どこに向かうつもりだ?
 薫はそんな俺の疑問を無視して、水をジャバジャバ蹴飛ばしながら岸壁沿いに進む。少し行くと岸壁が引っ込んで、その分潮の引いた岩場が顔を出した。
 薫は岩場に上がると、崖沿いの隅に俺を連れて行く。砂浜はもう死角になっていて見えない。
 俺を岸壁下に連れていった薫は、俺の身体をダンッと岸壁に抑えつけた。これはいわゆる壁ドン……いや、岩ドン。
 感心する俺を無視して、薫は俺のうなじを掴んで顔をぐっと引き寄せる。そのまま背伸びした薫は、俺の唇に無理矢理なキスをした。
 薫からのキス……! 神様、ありがとう。
 って、いやいや、ここはさすがにマズいだろ。
 理性を取り戻した俺は、名残惜しいが薫の身体を引き剥がした。
「あのさ、まだムラムラしてるんなら、あの部屋戻って――
「だって、あの部屋カメラだらけでなんかやだ」
 薫の手が水着の上から俺の股間をサワサワ撫でる。ダメだって! 勃つから!
 アソコが大変なことになる前に、薫の手首を掴んで止めた。
「薫、やけに積極的だけど、まだそんなに媚薬残ってる?」
「残ってないけど、俺がシたいの」
 薫は赤い顔をふいっと逸らす。確かに、媚薬で理性飛ばしてる感じでもなさそうだ。
 じゃあ何で急に……?
「……もしかして、さっき俺と宇治平さんが話してたの、聞こえてた?」
 思い当たることと言えばそれだけだ。どうやらビンゴだったらしく、薫はボソボソ話し出した。
「俺は一度に七人の女の子の話を聞き分けられるんだからな。シャワー浴びながらだって聞こえる、あんなの」
 うわ、恥ずかしすぎる。俺、宇治平さんとどんな風に話してたっけ? 女々しくなかったか?
 内心パニックの俺を、薫がムッと見上げてくる。
「俺から誘ってほしいって言われたってさ、ほとんど毎日お前から誘われてんだから仕方ないじゃん」
「え、三日に二日しか誘ってないけど。三日に一日は薫から誘ってもらう用にとっといてるのに」
 俺がその一日をどれだけ寂しく過ごしてるか、薫は知らないんだ。
「はあ!? 三日に二日ってヤりすぎだろ! 去年の秋からもう二百回くらいヤってんぞ」
「薫にとってはセックスなんて慣れてたもんなんだろうけどさ、脱童貞からまだ一年も経ってない俺的には、毎日でもシたいくらいなんだよ。脱童貞からゼロ歳児には毎日ミルクが必要です」
 まあ正しくは、俺のミルクを薫の下のお口に飲ませてるんだけどな。
 俺があまりにも堂々と言い切ったせいか、薫は少し怯んだ。
「う、まあその気持ちは分からなくもない。確かに最初の頃は……」
 薫の視線が宙を彷徨う。
 何思い出してんの? 聞きたくない。やめろ。聞きたくない!
「思い出すなよ」
 あ、結構ガチな声出た。
「コージは嫉妬深いなあ」
 苦笑いしてるけどさ、そう言う薫はどうなんだ?
「薫は嫉妬しないんだ? 俺が薫以外の誰かとそういうことして、薫と一緒にいる時にそいつのこと思い出してても」
 我ながら突拍子もない仮定だ。薫以外の誰か、なんて誰の顔も思い浮かばない。
 でも薫はしっかり想像できたみたいで、急に表情を曇らせた。
「ごめん」
 薫の素直に謝れるとこ、好きだな。うん。
 薫は俺の胸にしなだれかかって、猫みたいにスリスリ顔を擦り付けた。
「俺だってコージとたくさんシたいと思ってるよ」
「俺だけ?」
「何でそんな心配なんだ? コージだけに決まってんじゃん」
「だって腹筋とかさ……」
 しまった。愚痴みたいについポロッと本音が。
「は?」
 薫の視線から逃げ場がない。
 ああ、もうどうとでもなれ。
 俺はヤケクソで気になってたことを正直にぶち撒けた。
「サーファーの腹筋に見とれてたって、薫がさっき」
 薫は一瞬ポカンとした後、ブッと思いっきり吹き出した。
「何がおかしいんだよ」
「……はは、あんなの嘘だって」
 笑いすぎて薫の声は震えてる。嘘って何だ?
「何か嘘をつく必要があったんだ?」
「あっ、いや、その……」
 随分歯切れが悪いな。よく分からないけど形勢逆転したらしい。
「コージが変なこと言ってたから、ちょっと人ごみに紛れようと……」
「変なことって?」
「あのナンパしてきた女の子たちに!」
「ナンパ?」
 そんなことあったっけ? 首を傾げてうーんと唸ると、薫はイライラした感じで俺の胸に頭突きしてきた。
「あの海の家でスタッフに間違われたやつ! やっぱ気付いてなかったか」
 そう言えばそんなハプニングもあったけど……。
「あれナンパだったの? 俺何言ってた?」
 スタッフじゃなくて海水浴客だとか何とか、そんな話だったような。
「こ、恋人と一緒に来てるって」
「……それのどこが変なこと?」
「こ、恋人って……誰?」
 あ、今のはちょっとカチンときた。傷付いた。
 俺の怒った空気が伝わったのか、薫はしどろもどろに弁解を始めた。
「いや、あのさ、俺たちって、付き合って、る……のか?」
「さあ? 俺は付き合ってると思ってたけど、まさか薫がサーファーに紛れて逃げたくなるくらい嫌だとは思ってなかった」
 俺ばっかり薫が好きで、薫は俺のこと何だと思ってるんだ?
 俺の塩対応を前に、薫がオロオロ首を振る。
「や……やじゃない」
「つまりどういうこと?」
「お、俺のことなら言わなくたって分かるって、コージ」
「うん、そう思ってたんだけど、何か最近分かんなくなってきた」
 薫も俺のことが好きだって感じる瞬間と、薫は気持ち良ければ俺じゃなくても誰でもいいんだって思う瞬間。両方が時間と一緒に何度も反転する。まるでマジックミラーみたいに。
「好きじゃなかったら、掘られるって分かってるのにコージの部屋なんか行かないし……もっと他の女の子と遊ぶし……俺だってさっきナンパされたんだからな」
 モゴモゴそんなこと言われても、俺の疑り深い頭にはうまく入ってこない。
「俺鈍感だから、もっとズバッと言ってよ」
「あああ、もう! コージが、好きーーーー!」
 声でかすぎ。全然ロマンチックじゃない。耳が痛い。なのに、嬉しい。
 大声出しすぎてゼーゼー息をつく薫を、ぎゅーっと腕の中に抱き込む。
 薫からの「好き」、いただきました。神様、ありがとう。大学構内の教会でお祈りした甲斐がありました。
 悦に入る俺の股間に、また薫の魔の手が伸びてくる。
「マジでここですんの?」
「俺から誘ってほしいって言ってたくせに!」
 そりゃ確かにそう言ったけど、ここ外だぞ?
 あー、でも薫からの貴重なお誘いだし……!
 狼狽えていたら、抱きしめていたはずの薫が急に跪いた。サーフパンツの前がずり下げられて、股間にスッと空気が触れる。
 あ、まさか……。
 その瞬間、薫が俺のそこをペロリと舐めた。
「……っ、かお、る?」
 俺の根元を掴んで先っぽを見つめた薫は、亀頭をぱくりと咥えた。
 口でシてもらうのは、薫と最初にヤったあの夜以来だったりする。あの時強引に薫の口を犯した罪悪感で、俺は薫にフェラを頼めないでいたから。媚薬の入っていない薫は、自分からフェラをするような性格でもなかったし。
 なのに。
「ん、ん……っ」
 大きく硬くなっていく俺のチンコを、薫が一生懸命咥えている。喉の奥まで、できる限り口に含んで、ヌルッとした舌を俺の茎に絡ませる。
「……は、ぁ、コージのチンコの味、ひさしぶり」
 一度口を離した薫は、俺の上向いたソレをじっくり見ながら呟いた。
 まだ媚薬残ってるんじゃないか? でも少し恥ずかしそうだから、理性がぶっ飛んでるわけでもなさそうだ……。
 薫はキスをするように先っちょに口を付けると、舌で鈴口をチロチロ舐めてきた。
「ちょ、それ……マジでヤバい」
 細かい動きで亀頭の割れ目を刺激されて、もうイく……と思ったら。
「コージだけ気持ちよくなるの、ズルい」
 口を離した薫が上目遣いで俺を誘う。
 こんな場所で……なんてもうどうでもいい。早く突っ込みたい。
「ん、そこ、座って」
 薫に言われた通り、崖に背を付けて岩の上に腰を下ろす。その目の前で、薫はサーフパンツを全部脱いでしまった。
「こういう時、さっきの小さい水着の方がズラして挿れられていいよな」
 海と空をバックに全裸でぼやく薫は、どこか現実味がない。
 ぼんやりしていたら、薫が俺の上に跨ってきた。
「入れてくれる……?」
 俺のガチガチになったのを穴にあてがって、薫があざとく首を傾げる。この状況で断れる男なんているだろうか。ノンケだって無理だ。ましてや薫依存症患者には劇薬だ。
「……っあ、ぁ」
 下から突き上げるようにハメたら、薫がビックリして身体を反った。突き出された胸の乳首を吸うと、そこはすぐにぷっくり膨らんでいく。
 対面座位だと顔がよく見えていい。薫の真っ赤な頰も、涙目も、喘ぎ声を漏らすゆるゆるな唇も、全部よく見える。
 薫の背景には青く広がる空と海。もうマジックミラー越しじゃないから、本当に誰かに見られるかもしれない。
 でも俺の腰はもう止められない。薫を下からゆっさゆっさ突いて、波の音と一緒に薫のかわいい啼き声を聞く。
 誰かに見られたら、俺たちはどういう風に見えるんだろう。
 俺のスリルを読み取ったみたいに、波間に黒い点が現れる。その少し先には白い四角。
「あ、やば」
 動きを小さくして呟くと、薫が不安そうに俺を見上げた。
「な、に?」
「いや、誰か泳いでる……あと向こうに船も」
 こっちから見えるということは、向こうからも俺たちが点の大きさで見えてるはずだ。
 もっと近付かれたら……恋人同士がちょっと抱き合ってるだけに見えてくんないかな。いや、薫のケツが丸見えだからどう見ても入ってるか。
 俺の想像に連動するみたいに、薫の中がうねる。
「薫は恥ずかしいのが好き?」
「ちが……そ、じゃなく、て」
「でも、ここ気持ちよさそうに締まったけど」
 薫はフルフル首を振って否定するけど、中はキュンキュン締め付けてくる。
「薫は気持ちいいのが好きだよな」
 だから、もっと気持ち良くしてあげないと。
 薫に奉仕するようなつもりで、前立腺から奥にかけてをゴリゴリ下から押しまくる。片手で薫の勃起チンコをしごいてやると、そこも嬉しそうに我慢汁を垂らした。
「ふぁ……、あ、ぁ、あ」
 薫は喘ぎ声を堪えてブルブル震えながら、俺にしがみついてきた。
「気持ちいいの、好き。だけど、コージとするのは、気持ちいいだけじゃないから、もっと好き」
「……っ」
 至近距離での「好き」の威力で、俺の息子は薫の中で暴発した。中に出したらまずいとか、そんなこと考える脳みそは残ってない。
 薫の両太ももが俺の腰をぎゅーっとホールドしたかと思ったら、俺の射精を助けるように中が締まる。続けて、俺の腹には薫が出した薄い精子がピュッと跳ねた。
 二人して荒い息を整えていると、海の上の人影がさっきより大きくなってる気がした。サーフボード持ってるのがはっきり分かる。
「薫、本気でヤバいかも」
 慌てて薫の中から抜こうとしても、コアラみたいに俺にくっ付いた薫は離れようとしない。
 頼むからこっち来ないでくれよ……!
 船とサーファーに向かって祈る俺の耳に、薫の呟きが聞こえた。
「別に見られてもいいじゃん。俺だって自慢したい。コージは俺のもんだって」
 見られたらダメだろ――そうツッコミを入れるべきなのは分かってる。それでも、薫の中に入ってるチンコで別のツッコミをしたくなってしまうほど、今のお言葉は効いた。
 薫からの愛情表現過多で、俺は今日死ぬのかもしれない。とりあえず社会的に死なないためにも、今これ以上のセックスは我慢せねば。
 薫を何とか宥めてマジックミラーハウスに帰還するのは、中々至難の技だった。


***

 夏の遅い夕暮れの中、宇治平さんの運転するバンが坂道の下に止まる。荷物を持って車から降りると、運転先の窓から宇治平さんが顔を出した。
「ほんとにここでいい? もっと行けると思うけど」
「すぐそこなので大丈夫です」
「そっか。じゃ、おつかれさまー」
「お疲れ様でした」
 窓を半分まで閉めたところで、宇治平さんが「あ、」と声を上げる。
「五十嵐君、例のブツはまた次バイト来た時ね」
「うあああああ」
 宇治平さんの言葉を慌てて遮っても時すでに遅し、薫の耳にはバッチリ聞こえたらしい。
「例のブツ?」
「何でもないから」
 首を傾げる薫を宥めて、俺たちは自宅への坂道を上り始めた。


「ただいま」
 慣れ親しんだ玄関で靴を脱いでいると、奥から母さんが出てきた。
「お帰りー」
 小さな劇団で舞台女優をしている母さん。正月から八か月ぶりに見ても何も変わらない。いや、俺の記憶の中の母さんは全部変わらない気がする。
「あ、薫君、髪戻したの? なんか高校生時代を思い出していいわあ」
 遠くからでも分かるようなくっきりした目鼻立ち。抑揚をつけた声。母さんが本気で嬉しいのが伝わってくる。
 表情、仕草、声――舞台を降りても母さんはその全部で感情を伝えようとする。赤ん坊の頃からそれに慣れきった俺は、幼稚園で他の子が何を考えているか分からなくてビックリした。
 俺が鈍感なのも、人の顔を覚えにくいのも、全部母さんのせいだ。と、密かに思っている。
「おじゃましまーす」
「薫君が泊まりにくるなんて久しぶり。もう自分の家には顔出したの?」
「ううん、まだ」
 途中にあった薫の家をスルーして、二人でここに直行したからな。
「ええ? 柊さん家には今日ここにいるって連絡してあるの? 私からしておく?」
「してあるからいいって」
 俺が軽くあしらうと、母さんは「あらそうなの?」と不思議そうにしていた。まあ、実際は連絡してないんだけどな。
 薫の妹、和希は現在女子高生。大学受験に向けて夏季講習やら何やら忙しいらしい。どうせ帰っても邪魔になるから――薫はそう言っていた。去年の正月からかれこれ一年半も帰ってないのは、さすがにどうかと思うけどな。
 二階にある俺の部屋に一旦荷物を置いてからリビングに戻ると、玄関からバタンとドアの音が聞こえた。
「あ、父さん」
 リビングに入ってきたのは、くたびれたスーツ姿のおっさん。少し老けて太ったような気がする。母さんがまだ背筋もシャキッとしてるから、並ぶと余計父さんが老けて見えるのかもしれない。
「あれ、浩司だ。帰ってたのか。薫君……昔の薫君だ。いいね」
 ソファに座った薫がぺこっと軽くお辞儀する。
「それ母さんも言ってた」
 年寄りにはやっぱり黒髪が好印象らしい。薫も褒められてまんざらでもなさそうだ。
「しかし今日は駅前がすごかっただろう」
 ハンガーにスーツのジャケットをかけてから、父さんは手で顔を扇いだ。
「ああ、花火の日は毎年そうだよな」
 今日は毎年恒例、海岸の花火大会だ。電車の中はもちろん、駅から海岸まで混雑する。
「この子たち、昼間っから海に行ってたんだって」
 キッチンから母さんが声だけで会話に参加してきた。
「へえ、海岸もこのシーズンは大変だろうな」
「うん、花火もあるせいでギッチギチに混んでたよ」
「今日も窓から見えるんじゃない?」
 母さんがそう言いながらダイニングに皿を運んで、「ご飯よ、運ぶの手伝って」と俺たちを呼んだ。
 一人暮らしを始めてまだ二年半なのに、この食卓がもう懐かしい。それでも、俺の身体は自分の席をごく自然に覚えてるんだから少し不思議だ。
「おばさんのご飯久しぶり! なつかしー」
 薫も俺と同じようなことを言いながら、俺の隣に自然に座る。
 三人家族で長方形のテーブルだと、俺の隣は一人分席が余る。薫が遊びに来る時だけその席が埋まるから、俺たち家族の中でそこはもう「薫の席」だった。


 夕食の途中から、花火の上がる音が窓の外から聞こえ始めていた。空の上の方からドゴン、ドゴンと鳴る音は、いつも一瞬雷の音かと間違える。
 食後少しリビングで休憩した後、俺は薫と一緒に二階の自室へと向かった。
「花火、すっかり忘れてた。サークルの女子が今日あそこにいたのって……」
「うん、どうせ来るなら花火の日にするよな。ていうか薫、自分であいつらに花火のこと紹介してたじゃん」
 あいつらがいたのは偶然どころじゃなく必然だ。まあマジックミラーハウスにあそこまで接近したのは偶然だけど。
 ドアを開けると、俺の部屋は埃の混じった嗅ぎ慣れない匂いがした。エアコンはないから、扇風機を最大強度にして空気を攪拌する。
「あー、この部屋めっちゃ久しぶり」
 薫は俺より先にベッドにボスンと座った。遊びに来る時、薫がいつも座ってた場所。
 真夏や真冬はエアコン付きの薫の部屋に行って、それ以外はこの部屋で……俺たちいつも何してたんだっけ。ゲームして、マンガを回し読みして、たまに宿題写させて、そんで……。
 気が付くと、ベッドに座った薫の顔が少し赤い。
「何思い出してんの?」
「べっつに」
 薫はぷくっと頬を膨らませて顔を背ける。どうせ薫も思い出してたんだろ? 比べっこに抜き合いっこ、飛ばす距離やイかせる速度競争、バカなことしてたよな。
 ドンドンドン――花火が連発する音で、薫はベッドのすぐ横にある窓際に立った。少し固くなった引き戸を開けて、ハラハラと落ちていく光の跡をぼんやり見つめている。
 隣に立って薫の横顔を盗み見ると、ビー玉みたいに大きな瞳が、花火の光でキラキラしていた。薫の目は相変わらず綺麗だけど、何となくいつもの薫と違う。
「薫、今日の昼からやっぱり変だよな」
 ボソッと探りを入れたら、怖いほど綺麗な顔がゆっくり俺に向いた。しばらく見つめ合ってから、薄ピンクの唇がおもむろに開く。
「……離れるって、何のこと? コージ、どっか遠くに行くの?」
 ああ、昼間俺と宇治平さんが話してたことか。
「俺じゃなくて、お前だろ。遠くに行くのは」
「うぇ?」
「就職……したら、転勤とかさ」
「あ、あー……そっか」
「何だよ、地方勤務とか想定してなかったのか?」
 呆れてちょっと笑うと、薫も照れたみたいにはにかむ。
「うん。就職して、もっと大人になって、コージに認めてもらいたいなーって、そんなことばっか考えてた」
「認めるって――
「だってコージ、俺のこと信じてないだろ」
 花火がドン、と大きな音を立てたのと一緒に、俺の心臓もドクンと大きく脈打った。
「俺、言ったじゃん。コージがいなくたって俺は生きてけるよって。でもコージが好きだから……だからあえて一緒にいたいんだ。面倒見てもらうために一緒にいるわけじゃない」
 去年の秋、仲直りの日に薫は確かにそう言った。けど、薫は結局自分から俺を誘うことなんてなかったし、いつか「コージはもういらない」って捨てられるんじゃないかって、不安や疑惑はどうしても消せなかった。
「どうしたら信じてもらえるかなーって考えたらさ、やっぱ俺が実際独り立ちした大人になるのが一番じゃん? 俺は一人で生きてけるようになったけど、それでもコージと一緒にいるのを選んでるんだぞーって」
 花火を見ながら、薫はコツンと俺の肩に凭れかかってきた。
「共依存でずーっと寄っ掛かり合ったまんまの関係って、不健全でよくないと思うんだよな。そんなの、離れられないから不可効力で一緒にいるだけじゃん。俺は自分の足で立って、その上でもう一度お互いのこと選びたい」
 薫は俺と手を繋ぐと、ギュッと指を絡めてきた。
「そしたら……たとえ俺がどっか遠くに行ってもさ、ちゃんと自分の足で帰ってくるよ? コージと一緒が一番楽しいから」
 薫はちょろくて、少しドジで、頭ゆるゆるで、それでも俺よりずっとずっと、大人なのかもしれない。薫を生命維持装置みたいにして縋り付いてる俺は、乳離れできない子供とおんなじだ。
「……ごめん」
「なんでコージが謝んの? 俺が謝るついでに言い訳してるのに」
「え……?」
「今日、シャワー浴びながらあの話聞いて考えたんだ。確かに俺から誘うことなんてなかったから、コージを不安にさせてたんだなーって。冷水シャワーを滝のように浴びて反省したんだからな」
 た、確かにそうだ。今まで薫は俺を求める態度を全然見せてこなかったじゃないか。
 急にこんなこと語り出されて、恋人を信用できない俺の方が悪いみたいな気になってた。話の流れで危うく薫のちょろい菌が感染るとこだったぞ。
 とは思っても、薫が何だかしおらしくしてるから、俺も強くは出られない。
「で、反省したから、今日は俺から頑張ってみようかと……」
 だからって海で青姦はさすがにどうかと思う。いや、そういうところが薫っぽいのか。
 また一つ、ドカンと大きな花火が上がって、バチバチ火の粉が落ちていく音が響く。それに混じって、薫が小さな声でモゴモゴ言い始めた。
「でも俺から襲うと、俺が上になるじゃん? 俺、ホントは、その……」
 何だよ、言えよ。催促するようにじーっと睨むと――
「……コージに押し倒してもらう方が好き」
 本当に本当に小さな声で、薫は確かにそう言った。
 気が付いたらもう、俺はすぐ横にあったベッドに薫を押し倒していた。薫は恥ずかしそうに交差した両腕で顔を隠す。
「っあー、俺何恥ずかしーこと言ってんだろ。今までのお詫び?」
 お詫びでもご褒美でも何でもいいから。
 薫の両腕をどかして出てきたのは、真っ赤な涙目の顔。ふにゃふにゃ震えるかわいい唇。そこに吸い寄せられるようにキスしても、薫は抵抗しなかった。
 あんなこと言われたら反則だ。何もしないわけないじゃないか。今日何回目だよって感じだけどもう知るか。
 二人の合わさった唇の間から、ハアハアと犬みたいな息が漏れる。暑いから? 興奮してるから? どっちでもいいや。
 薫の唇を美味しくいただきながら、Tシャツをたくし上げて脇腹を撫でる。一瞬ビクッと震えた薫が安心したところで、すぐに乳首を指で探り当てた。
「……っ、ぁ、待っ」
 薫が何か言ってる気がするけど、花火の音で聞こえない。……ことにした。
 親指の腹でグリグリすると、薫の乳首はコリコリに勃っていく。薫の身体が跳ねるたび、絡め合った舌がヒュッと引っ込むのが楽しい。
 次に片手を薫のズボンに持っていって、ボタンを外してジッパーも下ろす。そういえばこれ、「くるぶし丈のズボン」って呼んだら「アンクルパンツって言うんだぞ」なんて薫に笑われたっけ。
 とにかくどんなにオシャレでトレンドでも、脱がしてしまえば一緒だ。キスしたままだとほんの少ししかずり下ろせないから、俺は仕方なく一度唇を離した。
 窓からの風と扇風機だけじゃ暑すぎる。汗でまとわりつくシャツを脱ぎ捨ててから、薫のTシャツも脱がせてやった。汗で濡れた肌に扇風機の風が当たると、その一瞬だけひんやりして気持ちいい。
 うん、もうさっさと全部脱ごう。
 薫のアンクルパンツとやらのウエストを掴んで一気に抜き取る。重苦しい自分のジーンズもグシャグシャ脱いで、ベッド脇にポイ。
 そこで改めて薫を見下ろす。昼間の白競パンも良かったけど、こういう生活感溢れる黒ボクサーパンツもいいな。
 そこを上から触ると、中はもう硬くなり始めていた。薫はホント乳首に弱い。
 薫の股を開くように、両膝を左右に開いて持ち上げる。丸見えになった股間に顔を寄せると、下着越しに汗とフェロモンの匂いがムンムンしていた。
 今夜は泊まり用の着替えを持ってて、この後は風呂。つまりこのパンツは汚して構わないよな。うん、大丈夫。
 という結論に達した俺は、薫のボクサーに包まれたタマの部分をパクッと唇で食んでみた。
「……ふ、ぁっ」
 そのまま茎の方までを、唇ではむはむマッサージ。強すぎない微妙な刺激に、薫の身体はプルプルしている。
 布越しに啄むようなキスを続けると、薫のチンコはカチコチになった。先っぽのあたりは下着に染みができている。そこを舌で舐めると、押さえていた両足が引き攣るようにビクついた。
「ん、それ、やだ……」
 言われた通り、パンツ越しに薫のチンコをむしゃぶるのを止める。
「はやく、も、脱ぐ……から……」
 なんて言いながら、薫は俺に脱がせてもらうのを待ってる。仕方ない。パンツをこれ以上苛めるのはやめるか。
 汗と我慢汁と俺の唾液で汚れたボクサーパンツをずり下ろすと、薫のチンコがピョコンと出てくる。敏感なピンクの亀頭が本当に可愛い。挨拶がてらそこにチュッとキスしてから、また薫の股を開かせた。
 軽くちんぐり返しして、丸見えになった後ろの穴に手持ちのローションを垂らす。昼間あんだけ使ったからキツいことはないだろうけど、まあ一応。
 指を使って中までローションを塗り込むと、薫の中はすぐに俺の指に喰いついてきた。指じゃ足りない――そう訴えるように、ヒクヒク入口が震えている。
 下着の中で窮屈にしていた俺のチンコを取り出して、そこにもローションをかける。クチクチ軽く扱いてやれば、俺のも準備完了だ。邪魔なパンツはまたベッド脇にポイ。
 あ、そうだ。挿れる前にアレやんなきゃ。
 開かれた薫の足の間に身体を滑り込ませた俺は、薫の目を見て口を開く。
「薫、挿れるよ?」
 正常位でする時は、最初に教えてもらった通りこう言う。俺の先っぽがくっ付いた薫の窄まりは、この時いつもヒクンヒクン震える。だから多分、薫はこの瞬間が好きなんだと思う。
 入り口に誘われるがままに、俺のを薫の中に埋めていく。もう何回もヤったけど、薫の中は何度挿れても最高だ。ヌルヌルトロトロぎゅうぎゅう俺のぶっといチンコを包み込んでくれる。
 俺の汗が一滴、薫の胸の上にボタッと落ちて、中がヒクンと締まる。薫はまるで全身性感帯だ。
 さて、動こうかなと思ったその時。
「花火見えるー?」
 階段を上がる足音と共に、母さんの声が邪魔をした。
「……っ、見えてる」
 声を張ってみたものの、内心ドキドキだ。だって二人ともほぼ全裸で、しかも汗だく合体中。今から布団被ったって、ベッド脇に散らばった服を見れば何も誤魔化せない。匂いもヤバい。
 幸いにも母さんは俺たちの部屋のドアは開けず、隣の自分たち夫婦の寝室に入っていった。
 安堵したのも束の間、今度はベランダの窓をカラカラ開ける音が聞こえてきた。
「ベランダからよく見えるよー」
 開けっ放しの窓から、すぐ横のベランダの声が真っ直ぐ届く。
「こっちからも見えるから」
 なーんて、もう花火なんてこれっぽっちも見てないんだけど。母さんが「あらそう」と納得してくれて、俺は胸を撫で下ろした。
 そしてすぐ、薫の中を抜き差しし始める。母さんと話してる間、ずっと薫の中がビクビク締めてきてたから、もう我慢できない。
 ギシッギシッ――俺の動きに合わせてベッドが軋む。昔、ここに二人並んでオナってた時よりもずっと大きな音で。
「ん、ん、聞こ、えちゃ……ぅ」
 薫は唇を手に当てて喘ぐのを我慢している。確かに、窓のすぐ横のベランダには母さんがいる。死角になっていてベランダからベッドは見えないけど、声を遮るものは何もない。
 でも花火の終わりまで後五分。ラストスパートに入ったらしく、ちょうど花火がドンドンドンとひっきりなしに上がり始めた。
「花火で聞こえないって」
 薫をそう宥めてから、俺はまたゆっくり腰を動かし始める。グチッグチッ、ギシッギシッ――控えめな速度から始まって、もっと早く激しくしたいと思ったその時。
 また階段を上がる足音。それは俺たちの部屋の前を通って、母さんのいる寝室へ向かった。
「この音ラストスパートだなあ。あれ、浩司たちは?」
 聞こえたのは父さんの声。そういえば、いつも最後だけ見にくるよな。
「自分の部屋から見えるって」
「え~、こっちの方がよく見えるだろ。呼んでくる?」
 そのお節介な一言で、俺と薫はピタッと動きを止めた。
「んー、邪魔しちゃ悪いでしょ」
「ああ……そうか」
 母さんのおかげで何とかその話はそこで終わった。
 何度も邪魔されかけて、その度に薫に拷問みたいに絞られて、俺の下半身はもう限界だ。
 花火がドカンドカン炸裂してるのをいいことに、俺も薫をガッツンガッツン突きまくった。
「……、も、だめ、っあ、あ、ぁ」
 薫の声がさすがにヤバくなってきて、俺は慌ててキスをした。
「ん、んむ、ん、んぅぅ……」
 薫の足が俺の腰に絡み付く。薫に覆い被さった俺は、ほぼ真上からの角度で薫の穴に抜き差しし続けた。ギリギリまで引き抜いてから、俺のタマが薫の尻にピッタリ密着するまで、ズッポズッポ、ギシギシ。
 どっちの汗か分からないくらい、俺たち二人は全身濡れていた。開いた窓からベランダまで、この汗と青臭い匂いが届いてるかもしれない。でももう止まれない。
 薫のチンコも俺たちの腹の間で揺れて張り詰めている。……ほっといても今にもトコロテンできそうだ。いつも通り前立腺を押すようなルートで攻めてやると――
「……っ、ん、ん〜〜っ」
 二人の間にビュッと白い液体が吐き出されて、薫の中が痙攣する。その瞬間を狙って、一際強くジュポジュポ抜き差しした。血液が下に行って、何も考えられなくなる。
「中は、ら、め……ぁ、あ」
 薫のそんな言葉が俺の頭に届くはずもなく、みっちり薫と合体した状態でドックンドックン中に放出した。
 ああ、気持ちいい。種付けプレスの快感はやっぱり動物としての本能だと思う。
 そして、しばらくして賢者タイムが来るのも本能だ。花火の音がしなくなって、俺はハッと我に返った。
 薫の中から萎えたチンコを抜くと、溢れた種がドロっと出てくる。
「バカ……」
「ごめんって」
 ティッシュで薫のそこと二人の腹を手早く拭う。でも薫の中に出した分は面倒なことになった。ゴム使えばよかったな。
 コソコソ後始末をしていたら、隣からベランダの窓が閉まる音が聞こえた。二人分の足音が寝室を出て、廊下を歩いてくる。
「浩司ー、薫君も、お風呂早く入っちゃって。お父さんが汚い身体で入っちゃうよ」
「わ、分かってる」
 新しく冷や汗を流しながら固まる俺たちを尻目に、二人の足音はトントンと階段を降りていった。
「ば、バレるかと思った」
 薫がゆっくり身体を起こして、散らばったTシャツを被る。
「まあ……俺が薫のこと好きっていうのは母さんにはとっくにバレてるけど」
「は!?」
 案の定、薫は大きな目をさらに見開いた。
「だって俺、相談したし」
「え、つまり……?」
「んー、息子が久々の実家帰り、ただし片思いだった薫を一緒に連れてきてお泊まり……っていう状況なわけ。まあ何か察してるかもな」
「察してるどころじゃなくモロバレじゃね……?」
 やっぱそうかな? さっきのもすぐ隣の部屋でゴソゴソしてて、バレてたかもしれない。
「でもうちの親、その辺は気にしてないっぽかった」
 脱ぎ捨ててあったパンツを回収して薫の分を放る。汚れたボクサーが飛んできても、薫は心配そうに俺をじっと見てきた。
「怒られなかった?」
「自分の遺伝子残すことと、息子の幸せを天秤にかけたら、息子の方が大事なんだって」
 パンツとジーンズを履いて、最後にシャツを被る。汗で湿ってるから早く風呂に入りたい。俺が着替え終わってもまだ、薫はぼんやりしていた。
「コージの親、すげーな」
「親になったら気持ちが分かるってさ」
 確かあの時、「じゃあ俺は一生分からないな」みたいなこと言ったら、母さんはなんて答えたんだっけ。
 考え込んでいると、薫は裸のまま膝を抱えた。
「フツーのことみたいに言うけど、子供より自分が大事な親だっているじゃん」
 膝に顔を突っ伏した薫は、しゃがみこんだ迷子みたいだ。
「薫は、自分ちがそっちのパターンだと思ってるだろ」
「んー……妹は大事にされてると思う」
 家族に愛されない可哀想な薫――その「設定」は俺にとって都合がよかった。自分の家族に甘えられない分、薫は俺を頼ってくれるから。依存してくれるから。
 でも、本当は薫にそんな「設定」なんてないんじゃないか? 俺はそう思ってる。思ってるけど、わざと何も言わないできた。
 薫が家族より俺を選ぶようにするために。俺のエゴのために、薫をわざと不幸な気持ちのままで放っておいた。
 そう、俺の腹の中はまさに真っ黒だ。
 でもさっき薫は言った。共依存は嫌だって。そんな繋がりは本物じゃないって。たとえ俺以外のどこかに行っても、ちゃんと俺のところに帰ってくるって。
 じゃあ俺は、どうしたらいい?
 考えてる途中で、俺の口はもう勝手に「あのさ」と声に出していた。
「薫の部屋にエアコン付けて、お互いの家に移動するたびに母親同士で出発と到着の電話し合って、金かかる私立の中高に入れて、今も金かかる私立の大学に行かせてもらって、実家から通える距離なのに一人暮らしの仕送りしてくれて、薫の親は十分薫を大事にしてると思うんだけど」
「でも――
「妹の方が……って言うんだろ? 身体が弱いっていう妹とはそりゃ愛し方が違うだろうけどさ、そこは比べられるもんじゃないと思うんだよな」
 顎を膝に付けたまま、薫はぶすっと不満気だ。どう言ったら伝わる?
「えっと、たとえば俺は薫の乳首とチンコ、どっちも好きだけど、どっちも同じ風に可愛がらないだろ?」
「な……!」
「この違いでどっちの方が愛されてるかって比べる?」
 薫はどこもかしこも比べられないほど可愛い。汗ばんだ薫の裸をジロジロ見てたら、枕の豪速球が吹っ飛んできた。
「分かりやすいけど、なんかまたうまく丸め込まれた気がするっ」
 赤い顔で、薫はそそくさと湿った下着を履く。
「薫はちょろいからな」
「昔っから、コージが言うとなんかホントにそんな気になってくるんだよな。なんでだろ」
「俺が言霊を操る魔法使いだから?」
「あと十年童貞貫いてたらなれたかもな、魔法使い」
 薫は服を全部着てから、湿っぽいTシャツの裾をパタパタ扇ぐ。
「俺も、親にコージのこと相談したら許してくれるかな?」
 ベッドの端に座った薫が、俺を見上げる。薫を安心させるような気休めを言うのは簡単だ。けど……。
「それは……どうかな。息子の幸せの方が大事な親だったとしても、息子の幸せを考えて止める場合もあるから」
 俺の両親が出した答えが正解なわけじゃない。世の中にはたくさんの親がいるし、たくさんの愛し方がある。
「確かに。うー、コージはどーやって親に分かってもらったんだ? コージに言霊の魔法を教わらないとダメか?」
「そんなの、俺だってよく覚えてない」
 ただ薫の親が何て言おうと、俺たちには道がある。いざとなったら、俺の両親は薫を家族として迎えてくれるだろう。
 あの宇治平さんだって、「実家とは絶縁状態だ」って苦笑してたけど、今も楽しそうに生きてるんだから。まあ、なんとかなる。
 とりあえず今考えるべきなのは、汗だくのままこの部屋から風呂場に駆け込む方法だ。


***

 暑い。寝苦しい。
 エアコン……なんでついてないんだっけ。いや、俺の部屋には昔っからエアコンなんてなくて当たり前だったような? そうだ、大学受験の時だって、俺は確かリビングで勉強してた。
 あれ、今っていつだ?
 頭が混乱している内に、あの頃のことが思い浮かぶ。

 両親も寝静まった深夜、俺はリビングで倫理の問題集を解いていた。そこに、二階から母さんが下りてきて顔を出したから、俺ははっきり伝えたんだ。かなり、勇気を出して。
「母さん、俺大学の第一志望A学にしたから」
 何を言われるだろう――身構えた次に母さんが言った言葉は。
「そう……薫君も受かるといいね。薫君が受からなかったら意味ないもん」
 俺は思わずノートから顔を上げた。
「……バレてる?」
 固まる俺とは対照的に、母さんはにっこり笑いながら頷いた。
 そりゃ、そうだよな。A学なんて何度模試をやってもA判定B判定。俺にとっては第一志望どころか滑り止めレベルの大学。そこを選ぶ理由なんて、母さんならすぐ察しが付く。
 母さんはソワソワしてはいるけど、怒ったようなそぶりは見せない。
「そんな理由で大学決めるなんて馬鹿馬鹿しいって思わない? 人生変わるかもしれないのに」
「そりゃ人生変わるでしょ。どんな大学でどんな勉強して、どんな職業に就くのかって、すごく大事なことじゃない」
 うん。子供の将来を思うなら、そこは叱るべきじゃないのか? 友達に合わせて大学を決めるなって。俺だって、正直自分で自分がバカだと思ってるのに。
「でも、浩司と薫君が同じ大学に行くことで、人生幸せになるって可能性もあるからねえ」
 母さんは呑気な声でそんなとんでもないことを言った。
「幸せなんて、大げさな」
「だって浩司、薫君と一緒にいる時が一番嬉しそう。薫君みたいな人、男だろうと女だろうと、多分もう一生出会えないって思ってるでしょ?」
 大きな目が三日月形になって、俺を見ていた。見透かしていた。
 俺の恋心も、何もかも、もう隠せない。咄嗟にそう思わせる表情だった。
「何も言ってないのに」
「言わなくても、ずっと見てきたから」
 そう、母さんはこれまでの俺の人生を全部見てきた。
 友達が誰もいなくて、先生とペアを組まされてた幼稚園児の俺を。
 毎日一人で下校してきて、部屋で本ばっかり読んでた小学生の俺を。
 初めて薫を家に連れてきた日の、嬉しそうな中学生の俺を。
 遊びにきた薫が初カノ自慢してきた日、夜まで石みたいに固まっていた高校生の俺を。
 一つも言葉になんてしなかったけど、俺は見守られてきた。親って騙せないもんだな。
「俺一人っ子だし、孫の顔とか見られないよ。母さんたちの遺伝子、もう残んないけど」
「孫ができようがひ孫ができようが、私が死んだ後その血がずっと続くかどうかなんてわからないじゃない。それよりも、私が生きて見ていられる範囲で、息子が幸せになることの方が大事なの」
 未来に自分の遺伝子が残る可能性なんて、長い目で見りゃ確かに100パーセントじゃないけどさ、目の前で0パーセントになるのを見ていいのか?
「俺にはよく分からないな」
「親になってみれば分かるもんよ」
 俺もいつか分かる日が来る? いや、その「いつか」は来ない。
「薫とうまく行ったら、俺は親にはなれない。いや、うまく行かなくても、俺は親にはならない。一生分からないままだよ」
「でも、いつか自分より薫君の幸せを思う日が来るかもしれないじゃない? 多分、それとすごく近い気持ち」
 それってどんなシチュエーション?
 その時の俺には、母さんの言うことなんて全然ピンと来なかった。ただ、じっと見下ろしていた参考書の文字がジワジワ滲んで……。


 一度瞬きしたら、目に入ったのは倫理の参考書じゃなくて天井だった。久しぶりだけど見慣れた……実家の部屋の天井。
 慣れないのは、隣に薫がぴったりくっついて寝てること。幸せだけど、やっぱ暑い。
 扇風機が一生懸命部屋の中の空気を回してくれてるけど、窓から入ってくる外の空気の方が涼しくて気持ちいいかもしれない。
 時計を見ようと少しだけ動いたら、薫が唸って目を開けた。
「朝?」
「まだ」
「クソ暑いからもう昼かと思った」
 どう見ても外はまだ夜だろ。それに、そんなに暑いならベッドの横に敷いてある布団で寝ればいいのに。せっかく母さんが敷いてくれたんだぞ。
 暑い暑いって文句を言いながらも、薫は俺にくっ付いて離れない。いつもと真逆だ。
「明日、寄ってくだろ? 自分の家」
「ん」
「ちゃんと起きないと駄目だからな」
 薫はムニャムニャ何か言ってから、またすぐに寝息を立て始めた。
 明日、薫はきっと実家に暖かく迎え入れられる。
 おばさんはきっと「帰ってくるなら先に言いなさい」って怒るんだ。薫はそれでまた「邪魔者扱いされた」って不貞腐れるんだろうけど、何だかんだ言っておばさんは大急ぎで薫のために昼飯か何か作り始める。昔、俺が急に薫を連れ出しに行くと、いつも慌てておにぎりを用意し始めたみたいに。


***

 一人暮らしの自宅に戻ってきてから一週間後の夜。俺はパソコンに向かって黙々と映像編集作業をしていた。
 心は離れても大丈夫かもしれないけど、身体は別問題だ。いざ薫を摂取できなくなった時のために、非常食を用意しておく必要がある。
 俺の股間の栄養分は、薫のエロい姿。あのマジックミラーハウスでの思い出がまさに今、俺のパソコンの中に。
 宇治平さん、例のブツという名のデータ提供ありがとう。バッチリ撮れてる。……やっぱりテストなんていらなかったよな?
 まあ細かいことは気にしない。薫のモッコリ競パン、ローションまみれの薫、エロいおねだりをする薫――こんなのを目の前にしたら、他の全ては瑣末なことだ。特典として薫の履いた競パンも付けてもらって言うことなし。
 唯一の問題点は、映像編集しながらついついチンコに手が伸びることかな。いやはや、贅沢な悩みだ。
 またムラッときたその時。ピンポーンピピピンポーン――って誰だチャイム連打してんのは。もう夜の十時なんですけど。
 イライラしながらドアを開けた先にいたのは。
「か、薫? 俺呼んでないのに」
 パソコンの中にいたのと同じ顔。ただし目の前の薫はしっかり服を着てる。
「俺の方から誘ってほしいってコージが言ったんじゃん!」
 つまりこれは、夜這い的な? 薫の顔が赤いのは怒ってるからじゃなくて、恥ずかしいから?
 俺まで赤くなってる隙に、薫は俺の横をすり抜けてズカズカ部屋に入っていく。
 あ……ヤバい。パソコン。ヤバい。ウィンドウは確か最小化した、よな。パソコンを触られなければ大丈夫。
 普段の倍くらいの速度でサカサカ歩いて薫の後を追った。幸いにも薫はベッドの方に行ってくれたから、俺は急いでデスクにあるパソコンの電源を……。
「何か隠してる? あ、オナってた最中?」
 マウスを掴んだ俺の背後に、薫がピッタリくっ付いてきた。薫は俺の脇から画面を見て、俺の手からマウスを奪い取る。
「あ、ちょ……」
 俺の制止も聞かず、マウスカーソルが画面下にススーッと移動して、画像編集ソフトのアイコンをカチリ。
 ああ、終わった。
「何だこれ」
 何って言われても、見ての通りだよ。砂浜に向けて股を広げた薫が、チンコぶるんぶるん揺らしながら、俺に下からハメハメパコパコされてるシーンでございます。もちろん無修正。
 薫がマウスでシークバーをギュイーンと最初の方まで移動させる。
「タイトル……『仲良し男子大学生二人の夏休み(仮)』」
 俺が適当に仮で入れた白抜き文字がフェードイン、フェードアウト。いいタイトル案が浮かばなくて、今度宇治平さんにアドバイスをもらおうと思ってる。
 画像編集ソフトをまた最小化すると、今度は俺がさっきまで使ってたフォルダが表示される。カメラごとのデータがズラリ。
 そのフォルダからさらに一階層上に行くと、今開いてた『夏休み』フォルダの下に『ラブホ』フォルダが並んでいる。
 結局AVとして世に出ることはなかった、俺と薫の初めての夜の記録でございます。こっちは既に編集済み。
「……どういうこと?」
「夜のオカズ?」
 答えた瞬間、後ろから思いっきり膝カックンを喰らった。
「コージの……バカっ!」
 バランスを崩した俺を突き飛ばして、薫がバタバタ部屋を出て行く。
 大丈夫。たとえ離れても薫は俺のところに帰って……いやいや、今は追いかけないと面倒なことになるよな。
 鍵とケータイだけ持って、暑い外の世界へ飛び出す。追いかけて、捕まえて、それからどうする? 暑くて頭が全然回らないけど、とにかく走れ。
 俺と薫の夏休みは、まだまだ平穏無事に終わりそうにない。

前回は文字数を極力抑えようとしたため、浩司がどうしてこんな鈍感人間になったのか、薫がどうしてここまで浩司にべったりなのか、バックグラウンドになっている家族構成を説明する余地がありませんでした。
今回はその辺もがっつり入れて、エロもまたパコパコ入れまくっていたら、短編っていうより中編くらいの長さになってしまいました。
こいつらは一日に何回ヤったでしょうか?
ちなみに岩場での青姦後、マジックミラーハウスに戻った二人はそこでもまたパコってました。

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