じっくり解せば意外と広がるもんだな。
ベッドのヘッドボードに後頭部を預けた薫は、自分の下半身を見下ろしながらそんなことを考えていた。
視線の先の浩司は、顔だけならかなり整っている。薫に集まるスカウトマンは、大抵隣の浩司にも目をつけるほどだ。それなのに、浩司はいつまで経っても童貞のまま。朴訥で穏やかそうに見えるが、彼の腹の中は昔からよく分からない。
そんな彼が薫の股間に顔を寄せて、ローション塗れの指で薫の後孔を弄っている。正直かなりとんでもない状況だ。その異常性に気付いているが、先ほどから何となく意識がぼんやりし始めている。
そして次の瞬間。
「ぇ、あ、ぁあ……っ」
まるで性器の中の一番気持ちいいところを鷲掴みにされたような電流が走る。
「ほら、すごいだろ? ここ、前立腺」
グリッと押されると、我慢できない声が「んぁっ」と零れた。
「なに、これ……っ」
「やっぱそんなすごいんだ?」
興味深そうに浩司が言う。後ろから直接射精を促すように押され、薫はまたビクッとつま先を震わせた。
「っは……? お前もやったこと、あるんじゃ……」
「いや、アナニーなんてしたことないけど」
「嘘、つきぃ……っ」
「でも気持ちいいのは嘘じゃなかっただろ?」
浩司は涼しい顔でそうのたまってから、また薫の屹立に舌を這わせる。普段からどこか惚けた空気のある男だが、今は本当に彼の意図が闇の中だ。
「……ぁ、駄目、なんか出ちゃう……っ」
彼の指で内部を後ろからギュッギュッと押されると、尿意のような射精感のようなものが押し寄せてくる。薫の亀頭をピチャピチャ舐めていた浩司は、舌を止めて上目遣いに薫を見た。
「こんだけ解れてたら、多分チンコも楽に入るよな」
「……は?」
「十万円、痛い思いせずにゲットできるよなってこと」
「だ、駄目駄目駄目!」
なけなしの理性が、薫の首を全力で横に振らせる。
「分かってるよ。さすがにそこは越えられないよな」
予想に反して、浩司は薫の中からスッと指を抜いた。まだ前は完勃ち状態なのに、彼はフェラの続きをするでもなく、身体を起こしてしまう。彼は薫のはだけたバスローブを適当に戻してから、ベッドに横になった。
「おい、こんなにしといて……!」
「んー、トイレででも抜いてきなよ。これ以上やっても六万円以上貰えるわけじゃないし」
背を向けた浩司はそれっきり黙ってしまった。まさか本当にこのまま寝るつもりかもしれない。
彼の言う通りトイレに行こうと思ったが、先ほどまで彼の指があった奥の方が熱く疼く。
あのまま続けられてたら、俺どうなってたんだ?
そんな想像と共に、彼の指に押される感触が蘇る。この後いつも通りに前だけ扱いて処理するのは、なぜか酷くつまらなく思えた。
電気が点いたままのホテルの室内、浩司の背中をチラリと見てから、薫はゴクリと唾を飲んだ。
「あのさ、俺のバイクのことなんだけど」
「うん」
浩司の返事は素っ気ない。それでも薫はおどおどと言葉を続けた。
「買うつもりなのは二十万くらいだけど、本当に欲しかったのは四十万くらいで」
「それで?」
「じ、十万円手に入ったらでかいよなって、思って……」
「だから?」
浩司がゴロリと寝返りを打って、穏やかなのか無感情なのか分からない目を薫に向けた。
「……一攫千金チャレンジ、してもいいかなー、なんて」
「それは、薫が入れられる側でいいの?」
目を瞬きさせて軽く頷く。浩司が驚くほど素早く起き上がったかと思うと、すぐ目の前に彼の顔が迫った。何が何だか分からない内に、ぶちゅっと下手くそなキスをされる。その勢いで薫の後頭部がヘッドボードにゴンとぶつかり、彼は慌てて口を離した。
「ほ、本当にいいの?」
甘いマスクが台無しになるほど、彼は興奮気味にそう尋ねた。
「まあ、十万円のためだからな」
「じゃあ、もうやめないから」
彼の微笑みが一瞬ドス黒く見えたのは、きっと気のせいだ。
薫のバスローブは彼の手で全部ひん剥かれ、裸になった素肌がぶるりと震える。彼に膝裏を掴まれたと思ったら、グイッと足を左右一杯に開かれた。
「や、やなんだけど、この格好……」
大股を開いて自らの恥部を曝け出した状態は、とにかく心許なかった。しかし足の間に浩司が身体を滑り込ませてきたため、足を閉じることもできない。
「やだって言われても、薫はいつも女の子にこういうことしてるんじゃないの?」
「そう、だけど……いや、どうだったかな……」
戸惑う薫の前で、浩司が自分のバスローブを脱ぎ捨てる。彼の下着は先ほどフェラをした時のままずり下がっていて、そこからは完全に勃起した欲望がそそり立っていた。
「おま、それ……いつから……」
「んー、さっき薫のここ弄ってたら、脱童貞の夢がムクムクと?」
彼は足から下着を抜き取りながら、指で薫の入り口をクニクニと弄る。
「薫がヤる気になってくれてよかった」
「お、俺のこと放置して寝ようとしてたくせに、騙された、ぁ……」
「何のこと?」
彼はハアハアと息をしながら、薫の後孔にローションを加える。不思議なもので、このローションで内壁を擦られるたびに、そこはジンジンと熱を持つような気がした。
「薫……挿れるよ」
目と目をバッチリ合わせて彼が言う。興奮した童貞のくせに、顔だけはかっこいい。残念なイケメンに成り下がった浩司に、なぜか胸がきゅんとしてしまった。
散々開発された薫のそこに、彼のモノがぬるりとあてがわれる。そしてズブズブと薫の中にまで侵入してきた。
「……っ、あ」
「っは、ごめ、痛い?」
薫が声を出すたびに彼は心配そうに声をかけて、少しだけ止まってくれる。自分は女の子にここまで優しくしてやったことなんてあっただろうか――そんなことを反省させられるほどだ。
「ヤバい、薫の中、めちゃくちゃ熱い。絡みついてくる」
一番奥まで何とか納まった時、浩司が譫言のようにそう呟いた。下腹部の圧迫感に必死で慣れようとしてる間、浩司はずっと薫の額や頬を撫でて待っていた。彼の胸は大きく上下し、繋がったところからもその呼吸が伝わってくる。それが興奮と思いやりにせめぎ合う波のようで、薫にはどこか心地良かった。
「童貞だから、いつまで待てばいいか分かんない。良くなったら薫から教えて」
キスしそうなほどの至近距離で、彼がへらりと笑う。我慢しているくせに、さっきまでかなり強引だったくせに、この土壇場で急に腹が立つほど優しい。
男同士でこんなときめきは絶対あり得ないと思うのに、薫の心は壊れてしまったかのようにキュッと締め付けられた。こんな感情は何かの錯覚だ――そう思うために、薫は必死で女のことを考えてみた。
「ど、童貞に先に教えといてやるとな、女の子はAVみたいにあんあん喘がないんだぞ」
「へえ、そうなんだ」
「まあ、エロい雰囲気を出すために少し演技で喘いでくれる子もいるけどな」
男のモノをズッポリとハメられた体制で、薫はフンと強がった。しかし浩司は穏やかに相槌を打ちながら、薫の髪をサラサラと撫でている。
「そんな話ができるってことは、薫はもう慣れてきた?」
彼が緩く腰を揺らすと、薫の中が甘く疼いた。
「……ん、童貞君を待たせるのもかわいそうだし、別に動いてもいい、けど……?」
熱を持って疼く内部を締め付けると、浩司のモノが「待ってました」と言わんばかりに固くなったような気がした。
「止めらんなくなったらごめん」
そう言うや否や、彼は腰を引いて勢いよく薫の中を突いた。塗りたくられたローションのせいで、彼が抜き差しするたびにパチュン、パチュンと音がする。
「……ひぁっ、そ、こ……」
彼の大きな肉棒が、例の前立腺の辺りをゴリッと擦った。
「うん、知ってる……薫はここをもっと弄ってほしかったんだよな」
彼の目は何でも見透かしているらしい。指よりももっと太く力強いモノが、薫のそこを後ろからゴリゴリと突き始めた。
「……はっ、そこ、すごい……熱い」
まるで摩擦熱でも生じているかのように内壁が熱を持ち、頭までぼーっとしてくる。
あれ、やっぱなんかこの熱さおかしくない?
心の片隅で湧き起こった疑問は、泡のようにパチンと弾けて消えてしまう。今の薫が感じ取れるのは、中にある異物の感触と浩司の吐息、そして耳から聞こえるローションの水音。
「ぁ、あ……だめ、そんな押したら、出る、出ちゃう……」
速度を上げたピストンが、精嚢のすぐ後ろから薫を責め立てる。突き上げに合わせて、薫の口からは「あ、ぁ、あ、ぁん」とリズミカルな喘ぎが漏れた。
「……薫、その声、演技……? かわいいから、どっちでもいい、けど……」
スカウトマンホイホイのイケメンを捕まえて、かわいいって何だよ!
いつもの薫ならそう反論するところだが、今はそれどころではない。完全に思考力を失った中、薫はなぜか彼に抱きついてしまった。
「んぁ、あ……もっと、強く……っ」
薫がねだると、浩司は言われた通りに薫の前立腺を力一杯突いてきた。
「ぁ、ぁん、あ、らめ、出る……ん、出ちゃう、ちんこ、おかしくなる……っ」
薫は一際強く浩司にしがみつく。その瞬間、ぶるんぶるんと揺れる性器から、ドロリと押し出されるように液体が漏れ出た。
「……は、すご、初めてでトコロテン?」
薫の感度に多少驚きつつも、浩司は蠢く内部でラストスパートをかける。
「ゃ、あ……イッてる、のに……っ」
「無理、無理、止まんない……っ」
薫が敏感な身体をくねらせて暴れる。しかし浩司の腕がガッシリとそれを抑え込み、彼の指が薫の白い肌に食い込んだ。
敵わない大きな力に屈服させられている――悔しさとは違う何かで、薫は身を捩らせる。
彼の凶悪な欲望は、身悶える薫をガンガン激しく侵略し、最後に大量の白濁を中へと注ぎ込んだ。
「すご、コージのちんこ……ビクビクしてるの、分かる……」
全部出し切ってずるりと抜け出た浩司のイチモツを、薫は欲望に濡れた目で見つめた。前立腺への刺激で絶頂を迎えたはずの薫のモノは、まだ萎えることなくフルフルと勃っている。
「十万円、終わったけど……」
浩司の言葉を遮って、薫は身体を起こした。クールダウンに入ろうとしている浩司のモノを掴むと、それをパクリと口に含んでしまう。
「ちょ……か、薫?」
「らめ、もっかい……」
腰を揺らしながら彼のモノをレロレロ舐めると、そこはしばらくしてまた臨戦態勢に戻った。
浩司を押し倒して彼に跨り、白濁がだらりと垂れる穴を彼の切っ先に当てる。
「追加で十万円ってこと?」
「ん……十万円も、ちんこも、どっちも……」
恥じらいながらそう言った直後、浩司の手が薫の腰をズドンと落とし、奥まで一気に貫かれた。
「……っ! あ、ぁ……」
衝撃に目がチカチカするが、浩司のモノは下から容赦なく突き上げてくる。
「薫……薫は女の子より、男のチンコの方が好きなんだよ」
薫に男の味を刻み込むように、浩司はピストンを早くした。
「ん、ん……っ、すき……中、ちんこでごりごりって、されるの……」
下半身から全身に回った熱が、薫の口を勝手に動かす。自分でも最早何を言っているのか分かっていなかった。
「前、触んないの?」
薫は両手を浩司の腹の上についたまま、小さく首を振った。
「やだ……後ろだけ……そっちのが、きもちいい……」
恍惚とした表情でそう言えば、浩司はさらに激しく薫の前立腺を責め立てる。箍の外れた薫の口からは、絶え間なく喘ぎ声が漏れた。
「すご……ダラダラ出てる」
浩司の言う通り、薫は声だけでなく精液も鈴口から垂れ流していた。
「ゃら、見な、いで……っ、らめ……」
だらしない。はしたない。こんな自分、見られたくない。
うまく言葉にならずに、薫はただ小さく首を振る。
「何がダメ? 確かに俺、お前のこと唆して悪いことしてるかもしれないけど……薫が悦んでるの見るのは嬉しいよ」
浩司はそう言って、薫の腰を掴む手に力を加えた。そして次の瞬間、小刻みに震わせるように下から素早く突き上げ始める。
「……っ、あ、ぁん、ん……っ、んぅ……」
身体が熱い。もうずっとイきっぱなしになっている気がする。
快感に酔ってクラクラしているが、まだこの快楽よりさらに高みがあるような、そんなもどかしさがあるのも事実だ。
「……っ、あ、かおる、薫……」
ぎゅっと眉根を寄せて、浩司ががむしゃらに薫の中を突きまくる。もう出せるものもほとんどなくなっているのに、強制的に身体の裏側から快楽を叩き付けられた。
「ゃ、ら……っ、ヘンに、なる……っ、おく……、ぁ、あっ……、ヘンなの、くる……、きちゃう……っ、んぁ……っ」
身体が強張り、両太ももで浩司の腰をぎゅっと挟む。震える屹立からは何も出さず、ビクン、ビクンッと身体をしならせ、薫はついにその高みに達した。
「……っは、やば、中……っ」
雄を搾り取るように蠢く薫の内壁に、浩司のモノもまた耐えきれなくなったようだ。まだ絶頂にある薫の身体に、彼は容赦なく律動を繰り返す。
「ふぁ……ぁ、ん……なか、しゅごぃ……ぁ……っ、こーじの、ドクドクって……っ」
薫はそこで息を詰め、身体の奥に浩司の欲望が流れ込むのを感じた。
痙攣させていた身体を、くたりと浩司の上に投げ出す。上下する彼の胸からは、ドクンドクンという大きな鼓動が聞こえた。
「薫……出さずにイった……?」
朦朧とした意識の中、薫は素直にこくんと頷く。
「気持ち、よかった……」
「ああいうの、メスイキって言うらしいよ」
メス――女の子はいつもあんなオーガズムを味わっているのだろうか。それなら、もうメスになってしまいたい。そんなことを自然に考えてしまうほど、薫の理性は完全に吹っ飛んでいた。
「二十万円ももらえて、新しい扉も開けて、一石二鳥だったよな」
そう言いながら、浩司が薫の中から自身を引き抜く。同時に、薫の蕾から白い蜜がドロリと垂れた。
中が寂しい。もっと、もっと。さっきの快楽をもう一度。
気が付けば、薫は浩司の上から身体を離し、ベッドにうつ伏せて腰だけを高く上げていた。
「ん……っ、こーじ……ぃ」
ローションと精液でドロドロになった穴を彼に見せつけるようにして、ゆらゆらと腰を揺らす。
「っ、もう三回も出したから打ち止め、だって……」
「ゃ、もっかぃ……、もっかいだけ……ぇ」
片手を後孔に伸ばし、人差し指と中指でくぱっと穴を広げるようにする。その瞬間、またしても白いものがツツーッと蟻の門渡りまで流れ、それだけの刺激で薫は身体をヒクつかせた。
「……じゃあ、また俺のが復活するまでおねだりしてよ。薫が俺を欲しがるの、聞きたい」
浩司が自分のものを扱きながら、満足そうに微笑む。
「ん……さっきの、気持ちーやつ、して……」
モジモジと腰を振ると、浩司はベッド脇にあるおもちゃの山を指差した。
「あそこにでっかいディルドあったよ」
「やだ、こーじのがいぃ……おっきくて、あったかい」
言いながら、ついあの感触を思い出してしまう。さっきまでこの中にあった、硬くて意思のある欲望の塊。
「俺がしてほしいとこ、ちゃんと分かって、ぐりぐりって……」
「うん、薫のことなら何でも分かるよ。俺鈍いけど、薫のことだけなら」
優しくそう言われ、薫はムスッと頬を膨らませた。
「じゃあ、早く……」
「だからちょっと待ってろって。少しでも早くしたいなら、エロいおねだりでもしてて」
薫は枕に顔を突っ伏して躊躇う。しかし後ろの疼きには勝てず、チラリと浩司を見た。
「こーじのちんこ、ちょーだい……ズル剥けのでっかいので、中のあそこ、めちゃくちゃに突いて……」
半分枕に埋まったまま、モゴモゴと言葉を続ける。
「そしたら、俺女の子みたいにイくから、こーじもいっぱい出して、俺のこと……種付けして」
羞恥に耐えられなくなって、また枕に顔を伏せようとしたその時、後ろの穴にぬるりとした何かが触れる。ローションをべったり塗った浩司の指だ。二回中に出された薫のそこは、もう潤滑剤など必要ないのに。
しかし新たに追加されたこのローションで、薫の粘膜はまたジンジンと熱くなり始める。戻りかけていた理性の灯火がまた消えそうになった時、浩司の両手が薫の腰を掴んだ。
「……っ! ぁ、あ……っ」
彼の肉棒で一気に奥まで貫かれた衝撃で、薫はハクハクと息を詰まらせた。呼吸が戻った頃合いを見計らって、浩司が腰を振り始める。
この体勢も相まって、二人で発情した動物になってしまったような気がするが、もうそれでもよかった。彼の大きな性器が出入りして前立腺の周りを擦るたび、薫はまた少しずつ昂ぶっていく。
「ぁ、あっ……また、またアレきちゃう……っ、ん……っ、んぁ」
ビクビクとつま先を突っ張りながら、薫はまたドライで達する。長い絶頂でスパークした頭に、浩司の譫言のような声が聞こえてきた。
「……っは、ごめ、薫、ごめん……」
こんなに気持ちいいことをしてくれているのに、なぜ彼が謝っているのか分からない。
「……薫、好きだ……かおる……」
「おれ、も、すき……こーじの……こーじが……」
何を言っているのか、薫には自覚がなかった。今のこのフワフワした快楽の中で「好き」と「嫌い」の二つの単語が頭に思い浮かび、反射的に「好き」を選んでしまっただけだ。
もう浩司の声は聞こえない。代わりに、獣のような彼の荒い息遣いと、ジュプッ、ジュプッという激しい抽挿の音だけが、薫の耳を犯していた。
前立腺だけで、波のように何度もオーガズムへと導かれて揺さぶられていたら、唐突に前をぎゅっと握られた。勃ってはいるが、最早雄の性器として何ら機能していないそこを、浩司の手が容赦なく扱き始める。
「ちんこも、いっしょ、らめ……ぇ、こ、こわれちゃう……っ」
後ろから絶え間なく押し寄せる快感と、前から伝わる激しい刺激に挟まれ、薫の身体の中心が爆発しそうになる。
「かおる、中、すご……うねうねして……も、無理」
「あっ、ぁ、あん、また、ぃく……ぁ、あっ……」
掠れた喘ぎ声と共に、薫の屹立からピュピュッとほぼ透明の液体が飛び出す。それに続いて、浩司も薫の奥へと白濁をたっぷり流し込んだ。
***
薫を起こしたのは、コンコンコンコンと鳴り響くドアのノック音だった。
身体の上に布団以外の重い何かが乗っている。温かい。人の腕だ。耳元で「んん」とうめき声が聞こえて振り返ると、寝ぼけ眼の浩司と目が合った。
「今なんかノックが……」
彼が途中まで言ったところで、ドアがガチャリと音を立てる。
「おっはようございまーす」
わざとらしいほど元気な声が入り口から響いたと思ったら、カメラを構えた例の男がひょっこりと姿を見せた。
「やー、朝からラブラブなところ申し訳ないけどね、結果発表のお時間でーす」
言われてみれば、薫と浩司は裸で抱き合ったままだ。身体は綺麗だから、昨夜風呂には入ったらしい。
浩司の腕の中で暴れると、むしろきつく抱き締められてしまう。彼の顔面に頭突きを食らわせることで、薫はやっと身を起こせた。
「オナニー、扱き合い、フェラ、それと中出し三回、合計三十六万円! おめでとう!」
昨日と同じ、ベッド脇の椅子に座った男は、カバンからごそごそとのし袋を取り出した。
「それにしても、媚薬の効果覿面だったね」
「は!?」
「ローションの中、媚薬が混ぜてあったんだよ」
そんなものを中に塗り込められて粘膜から吸収したのなら、昨日のあの熱さも納得だ。
「まさかあんな人が変わるくらい乱れるなんて」
「み、見てたのかよ」
「昨日言ったでしょ? カメラが仕掛けてあるって。そりゃもうベッド真上の天井からも、横からも前からも後ろからも……」
「多すぎだろ!」
大きく足を開いた恥ずかしい恰好を真上から撮られ、腰を上げて浩司を誘っていた姿も全アングルから撮られていたのだ。薫は真っ赤になってベッドを叩いた。
「その理由も兼ねて、今から相談なんだけど……」
「嫌な予感しかしない」
薫はケッと悪態づく。ベッドに寝転がったままの浩司を見ると、珍しく神妙な顔をしていた。
「この三十六万円が三倍になるって言ったら? 一〇八万円、偶然にも煩悩の数だね」
「そうやっておいしい話チラつかせたってな、後から条件聞いたら無茶振りだってのは昨日で分かってんだよ」
「いや、ただ一つ承諾してもらえればいいだけなんだけどね」
「もったいぶらずに条件を出せ」
薫が睨むが、カメラレンズの向こうにある男の目は見えない。
「実は僕、こういう者なんだけど」
男は薫に向かって一枚の名刺を差し出す。よく分からない横文字の会社名と、ディレクターという肩書が目に飛び込んできた。
「一晩カメラで撮ったあの映像、AVとして発行していいなら、賞金三倍」
「えっ……えーぶい!?」
薫は名刺から顔を上げて口をパクパクさせた。
「そう。ゲイ向けの素人企画AV」
理解が追い付かないでいると、隣の浩司がむくりと起き上がった。そしてそのまま、深く頭を下げる。
「宇治平さん、本当に申し訳ないんですけど、やっぱりそれ、できません」
名刺を見ていない浩司がなぜこの男の名前を知ってるのか、何が申し訳ないのか、何がやっぱりなのか、分からない部分が多すぎて頭がパンクしそうになる。
「うーん、想像はしてたけどなあ。だから先に承諾を得ずにやるのは嫌だったんだ」
「本当にごめんなさい。お詫びにタダでしばらく働きます。こき使ってくれていいので」
「え、本当!? それは助かる」
ちょっと嬉しそうになった男に、浩司は「はい」と頷いた。
男が出て行った部屋はしばらく無言で静まり返る。下半身だけ布団に入ったまま二人並んで座っていたが、流れる空気はどこか気まずい。
先にこの沈黙に耐え切れなくなったのは薫の方だった。
「……っ、おいコージ、黙ってないでどういうことか説明しろよ」
薫がキッと視線を向けると、浩司は頭を抱えて溜め息をついた。
「うーん、どこから説明すればいいのか」
「最初からしろ!」
そこで浩司はやっと観念したように重い口を開いた。
「俺、昔っから薫が好きだったんだ。好きって言うのは、セックスしたいって意味の好きだからな」
「いやいや、俺、男なんだけど……」
「関係ないよ。薫は我儘で流されやすいとこあるけど、俺からしたら素直で裏表も無くて話しやすくて……どんな女の子より薫がいい」
「はあ!? キ、キモいんだけど」
「うん、そういう反応されるって知ってた。知ってたから言えなかったんだけど、今のこの状況にどうしても耐えられなくなって、俺も病んだのかな……。せめて一回くらいヤらせてくれないかなって考え始めて」
突拍子もない話が次々と飛び出し、薫の許容量を超える。その結果、とりあえず今言われたことに突っ込むのはやめた。
「そこからどうしてこんなAVに話が飛ぶんだよ」
「たまたまこれと同じシリーズのAVを見たんだ。友人同士とか会社の同僚同士をこうやってホテルに案内して、一晩モニタリングするシリーズ。男女モノでもあるだろ?」
「……いや、俺AVにお世話になる必要あんまないから」
「聞かなきゃよかった。とにかくそれで、俺と薫がこんな状況になったらどうなるかなって想像して……駄目元で製作会社に連絡してみたんだよ」
「な、なんて?」
恐る恐る尋ねると、浩司は小さく苦笑いした。
「友達とこの企画に参加したいんですけど……って。そしたら一度面接に来いって言われて、薫の写真も持っていったらOKしてもらえた」
「嘘だろ!?」
「本当はちゃんと先に両方から承諾をもらうんだけど、二人ともかっこいいから特別にって。なんか、半分宇治平さんの趣味みたいなとこもあるみたいで」
浩司がそこで言葉を切ると、部屋がまた無音になる。
いつも用意周到な浩司が、珍しく店を出る時間を間違えて終電を逃した。その後、あの公園に向かって歩いたのも浩司だ。何だかやけにキョロキョロしていた姿が蘇る。
素性も分からない人に本名や年齢をべらべら喋ったりしても、彼は何も言わなかった。いつもの浩司なら、薫の口を塞ぎにきたはずなのに。
薫はやっと自分が嵌められたことに気が回り、沸々と怒りが湧いてきた。
「いくら素人企画だからって、先に何も言わないってのは普通ナシだよな?」
「他のとこは知らないけど、少なくとも宇治平さんに関してはそうだな。先に承諾取る……いわゆるヤラセなんだって」
「俺は、何も知らされずにカメラの前であんな……あんな恥ずかしいことさせられたわけだ」
「うん。最初は俺、AVにしていいですよって宇治平さんに言ってたんだ。薫が何言っても丸め込むからって」
プツンと何かが切れ、薫は浩司に食ってかかった。
「誰が丸め込まれるかっての!」
「薫なんて簡単に丸め込めるよ。でも、やめた。誰にも見られたくなくなった」
浩司がしゅんと項垂れるのも構わず、薫は彼を責め続ける。
「当たり前だろ! AV出演なんて誰かに知られたら終わりだ! しかもゲイ向けって!」
「どうせ俺たちのゲイビ出演を知ってる時点でそいつもお仲間だろ。それにたとえ破滅するとしても、薫と一緒なら別にいいよ」
「怖っ!!」
思わず身震いする薫を無視して、浩司はガックリしたまま溜息をつく。
「はあ……でもまさか、薫があんな風になるなんて思ってなかったから、俺だけが知ってる顔にしておきたくなって……」
「思い出すな! あれは媚薬のせいだ! 俺じゃない!」
「あれも、薫の中のもう一人の自分だよ」
浩司の真っ黒い目に射抜かれて、薫はギクリと身体を強張らせた。
「……何言ってんだ。人のこと騙して、媚薬まで盛って、あんなの犯罪だろ。俺も喜んでたみたいな言い方やめろよ」
「媚薬が混ざってたことは俺も知らされてなくて――」
言い訳を連ねようとする浩司を遮り、薫は左右に大きく首を振った。
「うるさいな! あんな酷いことされて、好きだなんて言われても困る。最悪。むしろ絶交だろ」
「ごめん……。ほんとに、ごめん」
静寂を取り戻した部屋の中、薫は自分の服を探す。脱衣所で脱ぎ散らかしたままだったはずなのに、薫の服は綺麗にたたまれてベッド脇に置かれていた。
***
それから約一週間、浩司は薫に何の連絡もせず、昼休みやサークルにも顔を出さなかった。同じ大学でも、学部が違えば取る授業もほとんど被らない。サークルや昼食時に会う機会を作ろうとしなければ、彼とは顔を合わせることもなくなってしまった。
絶交できてせいせいするはずなのに、気を抜けば自然とあの夜のことを思い出している。
よくよく思い返してみれば、フェラまでの段階で引き返すことはできたのかもしれない。一度は手を引いて寝ようとした浩司を引き止め、興味本位でその先のステップを誘ったのは薫の方だった。でもやはり騙されていたことには腹が立つ。
そんなことでぼんやりしていたら、付き合っていたサユリからはサックリと恋人関係を切られていた。今となっては、なぜあんなにバイクが欲しかったのかも分からない。
いつもの薫ならすぐさま次の相手を探しにかかるところだが、あいにくそんな気持ちにもなれなかった。
というのも、前を使った性行為にあまり魅力を感じられなくなってしまったのだ。後ろで得られるあのメスの快感を求めて、こっそり自分の指を入れてみたこともある。しかし自分ではやはり上手くいかない。
じゃあ彼氏を作るかと言うと、それもまた違う気がする。浩司以外の男は何となく嫌だ。
色々なことに悶々としすぎて、まるで心まで悩める乙女になってしまったような気がした。
ある日の午後、サークル棟内の一室に顔を出せば、既に四人がテーブル上にボードゲームを広げて遊んでいた。大学入学直後、浩司と二人で新歓の嵐の中から選んだのが、このボードゲーム愛好会だった。キツい練習がなく、そこそこ女の子がいるという程度の理由で。
「何やってんの? 交易王?」
「あ、柊だ。五十嵐は?」
「……知らね」
ボードゲームの輪の外で、薫はどかりと椅子に座った。
「お前らマジでなんかあった? さっきまで斎藤と小林がいたんだけど、『柊と五十嵐が来たら四人でカタンやろー』って言って、一旦飲み物買いに行ったぞ」
「俺と浩司が一緒に来るって決めつけるなよな。あーあ、俺も喉乾いた」
椅子にぐったりと凭れかかるが、誰も何も言わない。
――俺も何か欲しいから買ってくるよ。
いつもそう言ってくれた浩司は、もういないのだ。
続いて部屋のドアがガラリと開くと、三人の女子が顔を出した。
「あれ? なんか人少なくない?」
「二人飲み物買いに行ってる」
交わされる会話を、薫はただぼんやり聞いていた。視界の端で、三人の女が一つのテーブルを囲んで座る。
一番左にいるカスミは、このサークルに入って最初に付き合った女だ。着やせするタイプなのか、脱いだら思ったより胸が大きかったことだけ覚えている。やたらと映画に行きたいと言われ、薫自身が見たい映画ばかり選んでいたら、三週間も保たずに別れを切り出された。浩司と映画を見る時は、映画の選び方で怒られたことなんかないのに。
一番右のアリサは、半年ほど前に付き合った女だ。アソコがガバガバで中々イけなかったことだけ覚えている。一発で疲れ切って先に寝たら、その翌日すぐに別れ話になった。浩司だったら、寝落ちしても何も文句を言わないどころか、事後の薫をシャワーで綺麗にして、翌朝の服もきちんとたたんでおいてくれるのに。
そもそも浩司とのセックスに比べたら、過去の女たちとの経験など、快楽の範疇にすら入っていなかったような気がする。トイレに行くのと同じ、生理的活動に過ぎない。
「最近浩司見ないね。ミカ、何か聞いてる?」
アリサが不意に、真ん中にいるミカへ話を振る。ミカ――浩司に露骨なアプローチをして失敗した女。あれからも、彼女はまだ彼にチラチラと気のある素振りを見せている。
「なんかバイト? ボランティア? してるから、しばらく来ないってさ」
「へえ。でも浩司、ミカとは連絡取ってるんだ」
「うん、まあね」
薫はあの事件以来、浩司と一切連絡を取っていない。自分は彼と縁を切ったのに、あの女はまだ彼と繋がっている。そう思うと、胸の辺りがモヤモヤした。
おそらくカスミやアリサも、この展開は面白くないだろう。ミカのように堂々と接近しないが、彼女たちだって浩司に「付き合ってくれ」と言われたら即答でイエスと答えるに違いない。何せ、優男風でかっこよくて背が高くて、いつも穏和に薫の世話を焼いているような男なのだ。女からすれば、皆で共有の王子様みたいな存在だ。
なぜそんな浩司が今まで誰とも付き合わなかったのか不思議でならなかったが、ゲイだと分かってしまえば納得だ。穏やかに笑う彼の腹の中は真っ黒で、汚い手で薫を犯すことを企んでいた。
この事実を皆に言いふらしてやろうか。いや、彼の裏の顔を自分以外の誰かに知られたくない。でも「あいつが好きなのは俺なんだぞ」ということだけは大声で言ってみたい。
「ていうかボランティアって何? 浩司優しすぎない?」
甲高い笑い声に、思考の波から意識を戻す。ボランティア――彼が何をしているのか、大体想像はついていた。
全く掃除をしないバッグの中をごそごそ漁り、レシートの中に紛れた一枚の厚紙を取り出す。あの日手渡された宇治平という男の名刺。そこに書かれた制作会社の住所は、大学の最寄駅から電車で数分の近場だ。
「俺、やっぱ今日帰るわ」
がたんと席を立った薫は、誰からの返事も待たずに部屋を飛び出す。午後四時の気温は肌寒いが、いつものように誰かがジャケットを貸してくれることはなかった。
***
電車に揺られながら、薫は自分の行動目的を考えていた。
浩司はきっと、重い荷物を持たされたり、照明を持たされたり、汚れたセットの掃除をさせられたりしているのだろう。タダ働きさせられているそんな姿を見て笑いにいけばいい。
目的を定め、駅を降りた後の道順を携帯の地図で確認する。しかしあれこれ考えていたことも、調べた地図も、その後全部無駄になる。
駅から制作会社までの道のりを歩いている途中、広い道路を挟んで反対のコンビニから浩司が出てきたのだ。買い出しの飲み物が詰まっているであろう、重そうな袋を下げて。
ただし、彼は一人ではなかった。隣にもう一人、男がいる。男と呼ぶのを憚るような華奢な人だ。少し長めの金髪が風にサラサラと揺れ、遠目でも目鼻立ちの整った美人であることが分かる。男は馴れ馴れしく浩司の腕にくっ付いて、楽しそうに何事かを話しかけた。
赤信号で足を止めた時、浩司はおもむろに着ていたジャケットを脱いだ。そしてそれを、隣にいる男の肩にふわりとかけたのだ。
……そこ、俺の場所なんだけど。
心の中で文句を言うと、寒さではない何かで鼻の奥がツンと痛んだ。
やがて信号が青に変わり、彼らは仲良く並んで歩き出す。彼らについていけば辿り着けるから、地図はもういらない。浩司を笑いに行くつもりだったのに、ちっとも楽しい気分になれそうにない。
結局薫の頭に残ったのは、あの男は浩司とどんな関係なのかということだ。洒落た外見からすると、彼はあそこのビデオに出演する俳優か何かだろうか。
そしてそこで、嫌な推測が頭を過ぎる。浩司は宇治平に「こき使ってくれていい」と言っていたが、その仕事内容は指定しなかった。つまり、俳優として出演するという仕事もあり得るわけだ。そうなれば当然、誰かとの「絡み」が発生する。たとえば、あんな美人と。
気が付けばもう目的地のビルはすぐそこで、二人は入口へと消えて行った。
俺はここに何しに来たんだっけ?
考えても分からない。聞かれても答えられない。それでも薫は道路を渡り、彼らの入っていったビルへと足を踏み入れた。
エレベータで目的の階へ上がってみると、どうやらワンフロア全部を一社で借りているようだ。メインの入口らしきドアの前で躊躇っていたその時、内側からドアが開いた。
「あれ、面接のモデルさん?」
人の良さそうな男性が、薫の容姿を見てすぐにそう言った。
「いえ、ちが……」
言いかけたその時、奥の方から「浩司君、はやくぅー」という甘えたような声が聞こえた。
「あー、すみません。これから撮影でバタバタしてて」
そう言う男の後ろから、「すみませーん、通してー」という言葉と共に、あの綺麗な男が顔を出した。そのすぐ後ろには、腕を引かれた浩司がいる。薫に気が付くと、彼は目を丸くした。
「ほら、はやくっ」
男に引っ張られ、浩司は薫をチラチラ見ながらも廊下を歩いていった。
「タマキ、あんまり五十嵐君を困らせるなよ。臨時のバイトなんだから」
薫のそばにいた男がそう声をかけると、例の美人は振り返って舌を出した。
「だって、浩司君だと全然痛くないんだもーん。優しく解してくれて、王子様みたい。宇治平さんとは大違い」
彼はそのまま浩司を連れて、別の部屋の中へと消えていった。
嫌な予想ほど的中するものだ。浩司はここで働き始めて一週間以上、あの男とここで――。
「……え、……いてる? 君、ぼーっとして大丈夫?」
ふと気が付くと、隣にいた男が薫の顔を覗き込んでいた。
「顔色悪いよ? 緊張してる?」
「……っ、宇治平さんに会いたいんですけど」
「監督ももうすぐ撮影に入るけど……」
「お願いします! すぐ、終わるので……」
頭を下げてお願いすれば、小さな個室へと通してもらえた。
面会用のテーブルとソファがあるその部屋でしばらく待たされ、まさか放置されているのではないかと不安になり始めた頃、やっと見覚えのある男がやってきた。
「あれ、君……どうしたの?」
宇治平が席へつくより先に、薫はバッとソファから立ち上がった。
「あの! 俺っ、俺がタダ働きするので……だから、その代わりに……浩司を、返してくださいっ」
深々と頭を下げたまま、薫は彼の返事を待った。
「ええ? 何でまた?」
「だってあいつ、俺のだから……。他の誰かに優しくさせないで……」
半泣きでそう呟いたその時、部屋のドアが勢いよく開く音がした。
「監督、タマキさん準備できてます」
聞き慣れた声に顔を上げれば、そこにいたのは予想通りの人物。「ああ、ありがとう」という宇治平を遮るように、薫は思わず声を出していた。
「コージ!」
「薫……?」
驚く浩司と見つめ合っていると、宇治平が吹き出した。
「浩司君、今日はもう上がっていいよ」
「え? でも撮影――」
「その子から話があるんだってさ」
薫が事態を把握できない内に、宇治平は外から誰かに呼ばれて部屋を出て行った。
「……嘘、なんで? 浩司がいないと撮影できなくない?」
薫が首を傾げると、浩司も鏡映しのように首を軽く傾けた。
「え? いや、俺ただのアシスタントだからそこまで重要でもないけど」
「でも、さっきの金髪の人、コージのこと優しいって。あの人AVに出演する人だろ? だから浩司もあの人と一緒に出るのかと、思って……」
また思い出しそうになったら、なぜか目尻に熱いものが込み上げた。
「ああ、うん、あの人は確かにモデルだけど、俺は本当にアシスタントだよ。ちょっと気に入られてて、撮影前に後ろ慣らすの手伝わされてる」
「慣らす、って……」
「器具とか、指とか」
「なんだ、そっか……」
ほっと安心したのも束の間、それもやっぱりなぜか胸がモヤモヤする。浩司があの男の名前を間違えずに「タマキ」と呼んでいることすら腹立たしい。
「そんなことより、話って? 薫はもう俺と絶交したんだろ?」
分かってて意地悪を言っているのか、それとも本気で分かっていないのか。この男の裏は相変わらず読めない。
「俺は分かりやすいから、俺のことなら何でも分かるんだろ?」
挑発してみるが、彼は柳のように躱して「うーん」と唸った。
「そうだな、帰るまでに考えとく。ところで薫、傘は?」
「え?」
「今日の夕方の降水確率、九十パーセント。多分もう降り始めてるけど、薫ならきっと傘持ってないんだろうなって」
彼はそう言ってから、「俺の傘に入って帰る?」と笑った。
***
帰りの道中、二人は何も喋らず、かと言ってコンビニでビニール傘を買うわけでもなく、相合傘で浩司の家へと向かった。
「うあー、めっちゃ濡れた」
玄関で頭を振り、髪についた水を飛ばす。浩司に続いて明るい室内に入ると、彼の肩の方が薫よりもずっと濡れているのが分かった。
「薫、こんなとこ来て良かったの? また俺にハメられるかもしれないのに」
振り返った浩司が冗談めかして言う。見慣れたはずの彼の穏やかな笑顔に、なぜかゾクリとした。しかしそれは、恐怖の類ではない別の何かだ。
「だって――」
俯いて彼から視線を外した瞬間、距離を詰めてきた浩司に抱き竦められた。
「分かってるよ。薫は俺無しじゃまともに生活できないんだよな。夜は寒くなるのに上着も持たずに出かけたり、雨が降るのに傘も持たずに出かけたり」
彼の言う通りだ。無意識だっただけで、浩司はいつも薫を甘やかしてくれていた。それに慣れきって、気付いたら彼無しではいられない身体になっていた。
「薫が俺から離れられないように、俺がそうしたんだ。少し離れても、またすぐ俺のところに戻ってくるように。もう分かってると思うけど、俺ってそういう卑怯な奴だから」
頷きかけて、心の中の何かが違うと訴える。ミカやタマキを見ながら感じた胸の痛み――あれの正体を薫は薄々気付いていた。
「俺のこと分かってるって言っといて、肝心なとこだけ鈍いんだな」
彼の身体を何とか離して、その顔を見上げる。薫のことを追い詰めて捕まえようとしているくせに、彼の顔は薫の一言一句に怯えているようだった。
「コージがいなくたって、多分俺生きていけるし。寒くたって雨が降ったって、ちょっと不便なだけで死にやしないだろ。でも、コージが俺以外の誰かにそういうことするのは嫌だ。女の子と別れるのは何とも思わないけど、お前と別れるのは嫌だ。なんか、今まで付き合ったどの女の子よりも、コージと一緒の方が……楽? 居心地がいい? って急に気付いたから」
「そんなこと言われたら、純情な童貞は勘違いするんだけど。薫は俺が好きなの?」
彼の顔から不安が消えて、あの夜みたいに少し興奮気味に前のめりになった。
「……も、もう童貞じゃないんだから、そのネタは禁止」
「うん。とにかく、絶交は終わりってことでいい?」
「ま、まあ……ムカつくけど、気持ち良かったのは事実だし……俺が誘ったところもちょっとはあるし……」
モゴモゴ言っていると、浩司は「良かった」と微笑んで会話が終わる。ストレートに「好き」と言うタイミングを逃してしまった――後悔している薫をよそに、浩司はクローゼットに向かった。
「よし。じゃあ封印しないと」
彼はお菓子の詰め合わせに使われるような缶の箱を持ってきて、それをベッドの上に置いた。
「何だよ、その箱」
カポッと音を立てて蓋が開かれる。中にはよく分からないものがゴチャゴチャ入っていた。
「薫との喧嘩の思い出ボックス。ほらこれ、昔喧嘩になったアイスの当たり棒。こっちは、高校の時のテスト。薫が最低点取って、俺が慰めたらなぜか喧嘩になったやつ。で、これが――」
「そ、そんなの全部取っといてんのか!?」
「うん」
「ゴミだろ。何のために――」
「薫って喧嘩するたびに絶交って言うんだけど、毎回毎回仲直りできたよな~って、喧嘩中はこの箱を見て安心するんだ。今回はもう本当にダメかと思ってたんだけどさ」
彼がふにゃりと笑う。そういえばこの缶の箱自体、修学旅行のお土産屋で喧嘩しながら選んだものだったような気がする。
薫が思い出に浸っていると、浩司が机の引き出しからのし袋を持ってきた。
「おい、それ……!」
「三十六万円」
「AV化ブッチしたのに貰えたのか!? 太っ腹すぎんだろ」
「宇治平さんのお腹は太くないしデブ専でもないんだけどね。あの人若くて細いイケメン好きだし。タマキさん狙ってちょっかいかけてるらしいんだけど、タマキさんプライベートだとタチ寄りだから、俺がタマキさんの避難先にされてるみたいで」
知らされた裏事情を噛み砕く薫の横で、浩司は箱の中身を寄せてスペースを作った。
「今回の喧嘩のきっかけとして、三十六万はこの箱に納めようかと。あと、これも――」
のし袋の影から出てきたのは、一枚のDVDパッケージ。その裏面には、肌色の写真がいくつも並んでいる。
『男子大学生の無限性欲! 驚異の連続中出し!』
『ヤリチンノンケが絶頂メス堕ち!』
『友人相手に我を忘れてガン掘り!』
暑苦しい字体が踊るパッケージをジッと見ていたら、浩司に顔を覗き込まれた。
「何? またしたくなった?」
「ちが……っ」
「あ、濡れた服、脱がせてあげようか?」
そう言われた時にはもう、薫はベッドの上に完全に押し倒されていた。
「薫、好きだよ。あ、なんか媚薬が無い時の薫のエロい顔も見たくなってきた」
「……なっ」
驚く薫の口を塞ぐように、浩司は唇を合わせてきた。深く口付けられながら舌を絡め合っていると、やっぱり身体が熱くなって頭がぼーっとしてくる。もう媚薬など使われていないのに、薫の後孔は期待で疼いていた。
「抵抗しないってことは、OKってことでいい?」
いつも外で見せている曖昧な笑顔とは違う、はっきりと情欲に濡れた黒い笑顔で浩司が言う。この顔を知っているのは、きっと薫だけなのだろう。
ふと横を見ると、浩司が放り出したDVDが転がっている。その表に堂々と書かれたタイトルは、
『仲良し男子大学生二人を一晩ラブホにお泊まりさせたらどうなるか』
薫はついついDVD化されなかった自分たちのケースについて回答を考える。
オナって扱き合ってフェラして、さらに媚薬漬けであんあん喘いで、メスイキして、三回も中出しされてしまいました。そしてもしかしたらこの先、ただの仲良しではなくなってしまうかもしれません。
病みの力で腹が黒くなった童貞×メスとしての悦びに目覚めてしまうヤリチンって感じのお話でした。
自作の童貞攻めの中でも、今回の浩司君は余裕度高くてスパダリな気がする!(ただのヤンデレ巨根遅漏)
AVの企画ってほんとバカバカしいけど面白いのが結構あるんですよね。
その中でもオーソドックスなモニタリング系を元ネタにし、男同士に適用してみました。
こういうのが男女モノではなくゲイビで実際あるかは知らないですが!
これと同じことを現実の男子大学生に聞いたら、どこまで事に及ぶのかはちょっと興味あります。
扱き合い2万までならやりそうじゃない?
あと、自作の他カップルたちにやらせたらどうなるかも想像すると楽しい。
真嶋さんは迷うことなく3秒で寝そうだなとか、お金に困ってないくせにアラタは意外とやりたがって旭に殴られそうだなとか。
マジックミラーやら素股マッサージやら時間停止やら、AVはネタの宝庫なので、今後もまた何かやりたいですね。