二人の高校生時代の短編・冒頭部分です。
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「俺さ、ヤッちゃった。脱童貞」
五十嵐浩司が親友の柊薫からそれを聞いたのは、高二の晩夏。薫の「初カノできちゃった」報告から半月後のことだった。
クーラーの効いた薫の部屋は、外から聞こえる蝉の声で満ちている。浩司はその共鳴音で頭がグラグラ揺さぶられるような錯覚に陥っていた。
「女の人の身体ってめっちゃくちゃ柔らかいぞ。オナるよりずっと気持ちいいから! マジで!」
何も考えたくないのに、浩司の頭の中におかしな妄想が湧き起こる。薫の初めての恋人――予備校でアルバイトをしている女子大生が、薫にセックスの手ほどきをする光景だ。
「というわけで、もうコージとコキ合いすんのも終わり!」
浩司を妄想から引き戻したのは、妄想よりももっと残酷な薫の一言。
「……え?」
「だってそうだろ? カノジョが気持ち良くしてくれるんだからさ」
恋人ができてしまえば、友達は二番手になる。当たり前のことだ。いつかこうなることくらい、分かっていた。
「コージもカノジョ、作ったら? 予備校で女子校の子たくさんいるじゃん。この前もF女の子に話しかけられてたし」
「……予備校って、女漁りにいくところじゃないだろ」
「そんな高尚なこと言って、オナる時はあそこガッチガチにしてるくせに。ホントは本番してみたいんだろ〜?」
子供っぽい薫の笑顔――いつもは愛しいそれが、今は酷く憎たらしく見えた。
「どうでもいいけど、これ読まないなら持って帰るぞ」
今朝買った週刊漫画雑誌を見せると、薫は「読む、読むってば」と言って雑誌に飛び付いてきた。
誘導通り漫画に夢中になった薫を見て、安堵混じりの溜息を呑み込む。これ以上放置していたら、初セックスの感想を事細かに披露されていたかもしれない。漫画が薫の気を引いてくれている内に、浩司は何とか動揺を胸の奥に押し込んだ。
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薫の前では平静を装えたものの、様子がおかしいことは帰宅後すぐに母親にバレた。
「浩司、随分険しい顔して何かあった?」
「何でもない。夏休みが終わりそうだから憂鬱なだけ」
背後から母親が「あらそう」と呑気に言うのを聞きながら、浩司は二階の自室に退散した。
室内は西日が差して陰っている。パチリと電気を点けると、それはそれで変に眩しい。今はそんな明るい気分ではないのだ。結局もう一度電気を消して、夕暮れ時のベッドに横になった。
思い返してみれば、夏休みに入る少し前、薫の部屋で「どっちが先にイかせられるか競争」をしたのが最後になった。こんなことなら、あの時もっと薫の全身をこの目に焼き付けておけばよかった。そんな後悔ばかりが頭の中を駆け巡る。
薫と最初に性的な遊びを始めたのは、ちょうど三年前。中学二年の夏休み直前だった。今日と同じように蝉の声が響く薫の部屋で、二人は並んでベッドに座っていた。そこで薫は内緒話をするようにこう言ったのだ。
「俺さ、すっげー気持ち良くなれる裏技見つけちゃった」
「裏技って……なんかのゲーム?」
浩司が首を傾げると、薫は得意げに首を振った。
「違う違う、ゲームじゃなくてリアルで! あそこが硬くなってきた時にゴシゴシするんだよ!」
浩司が相変わらず頭の上に疑問符を浮かべていると、薫も少し困惑したようだった。
「あれ、硬くなるって……分かんない?」
大きく頷くと、薫はうーんと唸った。
「ちょっとエロい漫画読んだ時とか、朝起きた時とか、ならない?」
「ならない」
「……コージってもしかして、まだ精子出ないの?」
「ああ、朝起きた時にパンツが汚れてるやつ? それならあるけど」
浩司のその言葉で、薫はまた勢いを取り戻した。
「それ! それの、もーっと気持ち良く出せる裏技!」
いつも浩司に宿題を教えてもらっている薫が、今だけは自分が教えてやると言わんばかりに張り切っていた。
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この後初めてのコキ合い回想してから、高校生の二人が喧嘩したり仲直りしたり。