正しく境界を越える方法 6 | fDtD    
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 同人誌即売会のメイン会場を出て通路を進むと、途中のベンチに康太と博樹の姿を見つけた。彼らは手に入れた「戦利品」を何やらせっせと仕分けしている。
「買ってきたぞ」
「お~、さんきゅ」
「これ、1人2限だったけど1冊で良かったんだよな?」
「おっけ~」
 おつかいを頼まれていたものを康太に渡すと、それは手早く本の山に加えられた。

 会場を出て3人で駅まで歩いてから、改札には入らずに近くの壁沿いに並んで立つ。時計を見ると、待ち合わせの時間まであと少しだった。
「で?」
 ふいに右隣から博樹の声が聞こえた。
「な、なんでしょう……?」
「こんなとこで待ち合わせまでするってことは、うまく行ったわけ?」
 今日になって突然、イベント後に智己も待ち合わせて合流すると言われれば、彼が疑うのも無理はない。
「そ、そんなことはどうでもいいだろ」
「おいおい、人のアドバイスだけ聞いておいて、結果報告なしが通用するとでも思ったか?」
「あ、あんなの……っ」
 ローションとサイズ違いのコンドームを思い出し、連鎖的にあの夜の記憶が蘇る。あの一晩どころではなく、結局昨日の土曜日も一日中二人でゴロゴロして過ごしてしまった。甘い記憶のせいで、信宏の顔はみるみる朱に染まっていく。
「分かりやす~い」
 康太にケラケラと笑われ、照れ隠しで彼にヘッドロックをかける。と、その時、聞き慣れた澄んだ声が耳に入った。
「ノッポ3人組は何でそんな隅っこでイチャイチャしてんの?」
 パッと康太を解放して振り返ると、智己がいつものように微笑んでいた。雑踏の中でも彼は人目を引くオーラを持っていて、特に着飾っているわけでもないのに洗練された雰囲気が漂っている。こんな彼の恋人が自分で本当にいいのだろうか――信宏にはまだ、彼と恋人になったという実感が湧かなかった。
「智己、マジで一緒に来るの? この後行くのアキバだけど何か用ある? 信宏とデートしたいだけ?」
「別に付き合ってる彼氏の趣味なんかに合わせてやらなくてもいいんだぞ?」
 彼らの言葉を聞いた途端、智己まで赤くなってこちらをキッと睨んできた。
「いや、これは……」
 ごにょごにょと言い訳をするが、博樹はフンと鼻を鳴らした。
「なぜバレてるか解説すると、意気地なしの信宏君は、智己に告る前にウジウジ俺たちに泣きついてきたのです」
「智己、本当に信宏なんかでいいの? こいつ全然垢抜けないちょいダサ男じゃん」
 康太の失礼な言葉に対し、智己は肯定も否定もせず曖昧に笑顔を作った。
「あー、俺としては、そのちょいダサのまんまでいいかなって」
「あえてダサいままにするなら、逆髪の毛補正はキープだね」
 康太の言葉で智己は首を傾げながらこちらを見る。
「逆、髪の毛、補正……? ああ、うん、そうだね」
 吹き出すのを堪えるように智己が納得している。髪といえばあの夜、智己に前髪を切るなと言われていた。合わせて考えれば、当の信宏も何となく察しがついてくる。
「なあ、あのさ、もしかして俺がダサいのって……前髪のせい?」
「何言ってんだよ、そんなわけないだろ」
「そうそう、信宏のダサさは生まれつきだからもうどうあがいても変わらないって」
 博樹と康太のそんな怪しい否定こそ、まさしく正解の証拠だ。
「ほら、早く行こうよ」
 智己に促されて信宏以外はぞろぞろと歩き出した。突然発覚した事実と共に、信宏だけがぽつんと取り残される。
 康太と博樹はおそらく今まで気付いていて教えてくれなかったに違いない。それならば、見返してやろう。智己だってあの夜、前髪をかき上げるたびに悦んでいたじゃないか。
 そんなことを考えながら、髪型を変えた後の彼らの反応を想像する。康太と博樹は「お前だけ垢抜けやがって」と地団太を踏むだろうか。智己はあの夜みたいに赤くなって照れてくれるだろうか。そうしたら今度こそ自分が彼をかっこよくリードできるようになるかもしれない。
 こうやってあれこれ想像することはやっぱり楽しい。しかし想像だけで終わるのではなく、これをいつか現実にすることを思えばもっと胸が高鳴るということも、今の信宏にはよく分かっていた。
 少し先で智己がこちらを振り返る。目だけで早く来いと呼ばれているような気がして、信宏は流れる雑踏の中に一歩を踏み出した。

「雰囲気イケメン」なるワードもあるように、実際顔の作り自体は変わらないのに髪型や服だけでイケメンに見せてる人っているよねー。
「カワイイは作れる」だけじゃなく「カッコイイも作れる」というお話……ではない。
智己君の過去のトラウマを書いてて思い出したのが、BLOOD+っていうアニメのあの男の子…。
妹が録画してたのをたまに横から見てる程度の思い入れだったから軽傷で済んだわ…ショタコンはあれを見てはいけない。

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