その日の帰り道は電車を使うのは避け、自宅の最寄り駅まで坂井氏に車で送ってもらうことにした。直接家まで送ってもらっても良かったのだが、夕飯を駅前で調達しなければならない。
車から降りた時、助手席の千草が少しだけ寂しそうな顔でネロを見つめる。弟を送り出すのはやはり心配なようだ。
「貴仁、ネロのこと頼んだからな。誰かに見られたら——」
「コスプレだって誤魔化せばいいんだろ。何度も聞いたよ」
「そっか。ごめん」
千草がここまで動揺しているのが新鮮に思えた。
「ネロ、貴仁の言うことちゃんと聞くんだぞ」
「はーい」
返事はするものの、ネロは既に駅前の様子に気もそぞろといった風だった。
千草たちの車が発進し、駅前のロータリーの人ごみに取り残されると、貴仁の心には僅かに不安が生じた。ここから先は、ネロのことを全部自分だけで見ていてやらないといけないからだ。
しかしそんな貴仁の気も知らず、ネロはきょろきょろと勝手に一人で歩こうとしている。
「待てって。離れたら危ないだろ」
「しょうがないなあ」
ネロは渋々立ち止まると、追いついた貴仁の腕を掴んだ。もっと幼い子供ならまだしも、中学生くらいの男の子とここまでベタベタくっ付いているのは怪しまれるかもしれない。ネロの被るフードのことも相まって、変に視線を集めているような不安にとらわれる。
「早くいこーよ。ご飯の準備があるんでしょ?」
二人きりになって早々、こんな場所で言い争いになってもまずい。貴仁は掴まれた腕に文句を言うのをやめ、ネロに合わせてゆっくり歩き出した。
「オレ、スーパーマーケット行ったことあるよ。あそこで野菜とか買って、ご飯を作るんだよね。坂井さんが毎日やってくれてた」
「いや、俺あんまり料理とかしないよ」
「じゃあ、夕ご飯は誰が作るの?」
「今日は作らないよ」
ネロはうーんと唸ってから、頭の上にぴこんと電球を出した。
「分かった。れすとらんってところに行くんだ! そこも連れてってもらったことあるよ」
「あー、ファミレスって手もあるけど、さすがに最初から人の目があるところで食事ってのはハードル高いな」
「何で? 案内された部屋で二人で食べるだけじゃん」
「……あ、俺のイメージしてるレストランとお前の知ってるレストラン、多分全然違う」
個室のレストランなどに行くつもりは毛頭ない。
答えが分からずネロが不満を爆発させる前に、二人は目的の場所に着いた。赤を基調とした色合いのファーストフード店——時間やお金がない場合の解決策だ。
「あ、オレ、ここも知ってる! テレビで見た!」
「CMとかたくさんやってるからな」
「ううん、ニュースで見た! いぶつこんにゅー!」
「ちょ、ちょっと、黙っとけ」
誰かに聞かれてやしないかとキョロキョロと周囲を見回す。
「何で?」
「外で大きな声で騒ぐなって教わらなかったのか?」
「し、知ってるよ!」
そう言うと、ネロは急におとなしくなった。何でもかんでも「知ってる」と言いたがる子供には効果があったようだ。
子供の御し方を少しは分かったような気がしたが、彼と二人になってまだ三十分もしない内にこれでは先が思いやられた。
***
手早くファーストフードの夕食を調達してから歩くこと十分、貴仁の住んでいる七階建てのマンションに着いた時、時刻は二十時近くになろうとしていた。
「オレ、マンションって入るの初めて。こんなすぐ隣に全然知らない人が住んでるなんて、信じらんない」
五階の通路を歩きながら、ネロは通り過ぎるドアを一つ一つ見ている。
「一応家族とかも住めるマンションだから、防音はちゃんとできてるよ。単身者用の物件だとたまに壁が薄いこともあるけど、ここはまあそれなり」
「ふうん……?」
一口にマンションと言っても色々あるのだということがピンと来ないのか、ネロは曖昧な返事をした。
廊下の一番奥のドアのカギを開けて、貴仁が先に家の中に入る。貴仁が靴を脱いで上がる間、ネロは玄関からぽかんと中の様子を見ていた。といっても、玄関から見える範囲は左右と正面にドアのある短い廊下だけだ。
「どうぞ。……狭いって言いたいんだろうけど」
「うん。テレビとかで見たことはあったけど、ちょっとだけビックリした」
あの家でずっと暮らしていたなら仕方のない反応だ——貴仁は意味もなく首筋を掻く。
そんな貴仁には目もくれず、ネロは脱いだ靴を行儀よく揃えると、廊下の左右にあるトイレやバスルームのドアを開けて探索を始めた。彼に見られて何かマズいものはないだろうか——まさか今日誰かを連れて帰るとは思ってもいなかったので、掃除も準備も何もしていない。貴仁は念のためネロに先んじて奥の部屋のドアを開けた。
とりあえず明らかなゴミの類は全部ゴミ箱に入っている。カウンターで仕切られたキッチン周りに食べ残しはない。ベッドの脇に雑誌が積まれていたり、デスクの周りが大学のテキストや配布資料だらけだったりするが、もう今更どうすることもできないだろう。
「部屋、ここだけなの?」
突然背後からネロがひょっこり現れた。
「一人暮らしならワンルームが普通なの。入ってすぐの廊下にキッチンがあるような典型的なのよりはいいところだろ。角部屋だしさ。親父が不動産関係だから、ちょっと融通してもらえてるだけだけど」
ネロは貴仁の話などそっちのけで興味深そうに九畳弱の部屋を見回してから、フラッと隅のキッチンに向かう。
「コンロ二つしかない!」
「俺には十分だよ」
貴仁は買ってきた夕食をテーブルに置き、ソファにどかりと座った。
「ご飯はダイニングで食べるんじゃないの? ……あれ、ダイニングは?」
「あー、そのカウンターのところにテーブル置けばダイニングになるけど——」
「テーブルも椅子もないじゃん」
「狭くなるから家具増やすのやめたんだ。こっちで食うぞ」
二人掛けのソファの片方を開けてやるが、戻ってきたネロはタタッと32インチのテレビに駆け寄る。
「大きいパソコン?」
「いや、テレビなんですが」
千草の家にあった50インチ以上ありそうなテレビと29インチのデスクトップパソコンを思い出し、貴仁はふうっと息を吐く。その間にもネロはさらに進んで、机やベッドの方に近付いた。
「この机、勉強できるの? 紙がいっぱい」
「授業の配布資料だから触るなって」
「こっちは本が山積み! 水着の女の人が表紙だ〜。あれ? 中身は……マンガ?」
「そーいうもんなの! 別にグラビア目当てで買ってるんじゃなくて、た・ま・た・ま・毎週買ってる雑誌の表紙がそれだっただけ!」
「ふ〜ん。ん? なんかこのベッドのあたり臭くない? 何だろう?」
「あ〜〜〜、もう!」
ソファから勢いよく立ち上がった貴仁は、ベッドに顔を近づけているネロの首根っこを掴んだ。
「とっとと夕飯食って、風呂入って、寝ろ!」
「うー、なんでそんなとこ触るの?」
「子猫だから、ここ掴めばおとなしくなると思って」
大して効いていないようだったので、貴仁はパッと手を離した。
「子供じゃないし! それに何でもかんでも猫なわけじゃないもん! まさかオレが『にゃ〜』とか鳴くとでも思ってるの?」
まさにプンプンといった様子で怒るネロを、貴仁は無理矢理ソファに座らせた。
「はいはい、すみませんでした。ほら、飯が冷めるぞ」
紙袋を開けて、いくつか買ったハンバーガーのうちの一つをネロに押し付ける。まさか包み紙ごと食べないだろうなと疑っていたが、彼はおそるおそる包みを広げ始めた。さすがに食べ方は分かっているらしい。
彼はくんくんと匂いを嗅いだ後、ぱくりとチーズバーガーに齧り付いた。もくもくと咀嚼するネロを見ながら、彼の反応を待つ。どうせまた安っぽい味だと言うのかと思いきや、彼はびっくりした顔で正面に立つ貴仁を見上げてきた。
「おいしい……!」
ジャンクフードにまんまと魅せられたネロは、そのままパクパクとチーズバーガーを食べ進める。世間知らずの箱入り息子に、安価な食事の洗礼を受けさせてやるだけのつもりだったが、まさか気に入ってしまうとは思ってもいなかった。
ぺろりと一個をたいらげたネロは、ちらちらとテーブルの上の紙袋を見ている。
「えっと……まだあるから、他のも食べるか?」
今度は紙のケースに入ったいちごパイを取り出してやると、ネロはうんうんと大きく頷いた。熱いから気を付けるように言うと、ネロはふーふーと冷ましてからパイに齧り付く。
「ほんと、いちごだ……!」
パイの中の赤い果肉をキラキラした目で見つめながら、ネロは幸せそうにパイを頬張った。
世間の食事というものに慣れてくれるならいいのだが、栄養やカロリーという面で考えると、ジャンクフードを気に入りすぎるのも問題だ——貴仁は複雑な気持ちでご機嫌のネロを見やった。
***
食後一時間が過ぎ、ウトウトし始めたネロをバスルームに押しやったところで、貴仁の携帯電話がメッセージの着信を告げた。
『ネロの様子はどう?』
時間的に車で家に帰ってすぐの頃だろうに、もう早速心配しているようだ。
『生意気すぎるくらい元気だよ。あと、なんかファーストフードが気に入ったらしい。一番のお気に入りはハンバーガーよりいちごパイだったけどな』
『食費も生活費も後で全部出すよ。失礼なこと言ってたらごめんね』
『悲しいことにもう慣れたから大丈夫』
日課の腹筋運動を消化しつつメールの相手をしている内に、バスルームからパタパタと足音が聞こえてきた。
「お風呂出た! あんまりのびのびできなかったけど」
姿を現したネロは、また上半身シャツ一枚だった。
「またお前は……。ちゃんとズボンも履くように」
「なんで? もう寝るだけじゃん! 楽にしてて何が悪いの?」
「それは……その……」
「世の中には裸で寝る裸族っていうのがいるらしいよ! だからオレもノーパン族になる!」
ネロは随分と得意気だ。あのシャツの下はやはりパンツすら履いていないらしい。貴仁は頭痛を抑えるように頭に手をやる。
「分かった。じゃあ寝る時だけだぞ。ほら、布団敷いてやったからもう寝な」
ベッドの横に並べた布団を指で示すと、ネロはきょとんと目を丸くした。
「布団?」
「ベッドしか見たことなかったのか?」
「違うよ! そうじゃなくて、なんでオレ布団で寝るの?」
「当たり前だろ。ベッドは俺」
貴仁はそれだけ言って、入れ替わりにシャワーを浴びに行った。
脱衣所にはネロが無視したズボンと下着らしきものが置かれている。ちらっとパンツを見ると、しっぽのあたりに綺麗な穴が開けてあった。おそらくはあの坂井という人物が完璧に面倒を見ていたのだろう。
しっぽを中に隠しておくためか、ズボンは彼の身体に対してかなりゆとりのあるサイズになっている。丈の方はそれなりに詰めてあるようだ。彼が着ているシャツがミニ丈のワンピースほどになってしまっているのも、元はこのズボンとセットのパジャマだったからだろう。
思えば彼があの耳としっぽと共にどう生活してきたのか、まだ全部は分かっていないのだ。明日からネロが飽きるまでの何日か、彼の世話をするにあたって、もっと色々知っておかないとならない。
女の子を一人紹介してもらうという、うまくいくかも分からない見返りの割には、この役割は荷が重いような気がしてくる。しかし千草にはこれまでも色々と世話になってきたが故に、ここでネロを放り出すわけにもいかない。熱いシャワーを浴びてから、貴仁は無心でシャンプーを泡立てた。
バスルームを出て居室に戻った時、ネロはカーテンを開けて窓の外のベランダを見ていた。
「夜だからプランターはあんまりよく見えないと思うぞ。明日朝になったら見せてやるから」
貴仁が声をかけると、ネロはくるりと振り向いた。
「確かにここの花を見ても、自然って感じじゃないね。育てられてるって感じ」
「お前んとこの庭だって同じだって言ったろ」
「うん」
ネロはカーテンを閉めて布団の方へと戻った。
「明日日曜だし、どこか行くか」
貴仁は大きな水のペットボトルに口を付けようとしてから、同居人がいることを思い出しコップを使うことにした。
「どこ行くの?」
「そうだな……大きい園芸の店があるから、そこにするか」
「お店?」
「うん。店って言っても、苗とか植木鉢とかが屋外にすげーたくさん並んでるから、植物園とまではいかないけど、見てるだけでも楽しいところだよ」
冷蔵庫に水を戻した貴仁は、付けっぱなしのテレビを消しつつベッドへと向かった。
「時間があれば俺と千草が通ってる大学にも連れてってやるよ。ここから歩いて四十五分くらいだけど、バスなら十分ちょい」
「日曜日は学校って休みなんじゃないの?」
「授業はなくても365日24時間開いてる」
建物の中に入らなければいくらでも構内には入れる。建物にしても、鍵を持っている部屋にはいつでも入れるし、巡回の警備にきちんと言えば一夜を超すことも可能だ。
「でも、子供が大学にいたら変じゃないかな」
「誰でも入れるから、おばさんが犬の散歩させてたり、ベビーカー押してる母親もいたりするよ。夏には虫取り網持った男の子も入ってくるし」
「へえ……なんか楽しそうなところだね」
「俺たち学生にとっては真面目な場所だけどな」
貴仁はベッドに座って、布団の上のネロを見下ろした。
「分かったらもう早く寝とけ」
時刻は23時。子供はもう寝る時間だろう。貴仁にすればこれから深夜1時くらいまでは、ノートパソコンでネットサーフィンをするような時間なのだが、ネロが寝るなら電気を消して一緒に寝てやるつもりだった。
「え? うん……」
布団に座ったネロはもぞもぞと両手を擦りあわせた後、どこか恨めし気な顔で貴仁を見上げた。
「なんだよ」
「……オレにキョーミあるって言ってた、よね? 何もしないで寝ちゃうの?」
「は?」
首を傾げる貴仁にしびれを切らしたのか、ネロは素早く立ち上がると、ベッドに座る貴仁の隣に移動した。
「な……」
ネロは貴仁の腕をぎゅっと絡め取り、擦り寄るようにぴたりと身体を密着させてくる。
「どうしたんだよ、急に」
平静を装って尋ねても、ネロは口を噤んだまま貴仁の身体に貼りついていた。一人でいたい時はツンとしているくせに、構ってほしい時だけベタベタ甘えてくる様は、まるで昔実家で飼っていた猫のようだった。
こうなってしまっては満足するまで構ってやるしかない。頭を撫でてやると、ネロは貴仁の腰回りに腕をまわしてぎゅーっと抱き付いてきた。彼に掴まれている部分が皺になりそうだったが、部屋着のTシャツなので気にしないことにする。
突然の態度の変化に戸惑いつつも、貴仁はネロの耳の周りをぐりぐりとマッサージするように撫で続けた。
「まさかもうホームシックで寂しくなってるんじゃないだろうな?」
「違う……そうじゃなくて……」
ネロはシャツの裾から出た内股をそわそわさせている。そこでふと思い出したのは千草の言っていた「発情期」というワードだった。近くに発情期のメスがいなければオスも発情しないはずだが、どこかからフェロモンが入ってきているのだろうか。
そもそも彼のベースは人間なのだから、生殖行動も人間に近いと考えた方がいいかもしれない。そうなると、彼は今ちょうど第二次性徴の真っ只中。自分の中学生から高校生くらいを思い出してみると、快感を知ってからは毎日自慰をしていたような気がする。つまり、決まった発情期のある猫より性欲旺盛だ。
「えーっと、念のため言っておくけど、色々な処理はトイレか風呂あたりでお願いします」
「処理って何?」
「まだ自分でしたことないのか?」
「何を?」
遠まわしに気を遣う会話に疲れて、貴仁はネロのシャツの上から股間を握った。
「ここ。何だ、やっぱりちょっと勃ってんじゃん。ほら、トイレ行ってきな」
「はぅ……どうすればいいのか、分かんないし」
他人に触られて感じているのか、ネロの耳がぴくぴく動いている。貴仁は慌ててネロのそこから手を離した。
「あー、ほら、こう、手でゴシゴシすればいいんだよ」
手だけでジェスチャーして見せるが、ネロはふるふると首を振った。
「でも、でも……マロネは千草にしてもらってたよ」
「……は? 今、なんて……」
突然の爆弾発言に貴仁は耳を疑う。
「二人は隠してるつもりかもしれないけど、オレ知ってるもん。マロネと千草はコイビト同士なんだよ」
「いやいや、だって千草とマロネは男同士だろ? ……マロネって男の子で合ってるよな?」
「そう、だけど……オレちゃんと見たんだ。夜、マロネの部屋から声が聞こえてきて、見に行ったら、二人がベッドにいて、『好きだよ』って言って、それで……」
「ちょ、ちょっと、待……」
親しい友人の隠された正体を聞くのが怖かった。だが、ネロは首を振ってなおも口を開く。
「暗くて遠くてよく見えなかったけど、ふ、二人とも多分裸で、千草がなんかマロネに押し付けたり、マロネが千草の上に座ったりして、マロネが変な声出してて……そんで、千草がね、マロネのおちんちんをゴシゴシってしたら、マロネがすっごく気持ちよさそうにしてて、なんかそれ見てたらオレ、変な気持ちになって逃げてきちゃったんだけど……あれは絶対せっくすってやつだよ!」
今日の昼間出会ったあの二人がまさかそんな関係だったとは——貴仁は呆然とするしかなかった。
「千草はね、マロネが好きなんだよ。オレよりも、マロネを、選んだんだ……」
ネロは貴仁の腕に顔を埋めて表情を隠す。
これでやっと、彼らの奇妙な人間関係が開けたような気がした。一人あぶれて孤独を感じていたネロと、それを心配して何とかしようとしている千草。そしてネロの孤独を埋めるために千草が選んだのが、貴仁だったということなのだろう。
「お前は、千草が好きだったのか?」
「好きって何? 千草はオレの兄貴だもん。好きに決まってるじゃん」
「そうじゃなくて、マロネみたいに千草と恋人になりたかったのかってこと。マロネに嫉妬する?」
「そんなの、分かんないよ。マロネに兄貴を独占されたみたいで、そりゃちょっとは、面白くないけど……」
その愛情が兄弟愛なのか恋愛なのかも未分化のまま、ネロの気持ちは行き場を無くしてしまったのだ。貴仁はネロに対して同情せざるを得なかった。
「タカヒト」
ネロに名前を呼ばれて貴仁はハッとする。彼に名前を呼ばれたのはおそらく初めてだ。
「タカヒトは、オレに、キョーミがあるんだよね? マロネじゃなくて、オレでいいんだよね?」
彼がこれを何度も確認する意味が、今ならよく分かる。
「……そうだよ」
そう言うしかなかった。今日会いに行ったのも本当は千草に頼まれたからなのだが、そんなことは絶対に知られてはならない。
「じゃあ、いいよね?」
ネロは嬉しそうに身体を離すと、いそいそとシャツのボタンを外し始めた。