「待て待て待て」
貴仁が無理矢理手を掴んで止めると、ネロはむっと頬を膨らませた。
「なんで? オレにキョーミあるって、オレのこと好きって意味じゃないの?」
「それは、その……」
「こんなとこまでオレのことつれてきたくせに、オレのことなんてどーでもいいんだ……」
ネロがしょんぼりと言うと、彼の耳もぺたりと垂れ下がった。まるで自分がいじめているような錯覚に陥りそうになるが、だからと言って彼の言う通りにすることはできない。
「あのさ、そういうのは、本当に好きな人ができてからするもんだから」
やんわりと断ろうとするが、ネロはベッドから下ろした足をぶらぶらさせてはぐらかす。
「そういうのって何〜? せっくす? せっくす?」
「あ、あんまり連呼するなよ」
「恥ずかしがってるの? オトナのクセに」
バタバタさせていた足をぴたりと止め、ネロが貴仁をじっと見つめる。大きな黒目の周りに少し見えている虹彩の色は、マロネと同じ透き通った金色だ。
「あれ〜? タカヒトってそもそもせっくすしたことあるの?」
痛いところを突かれてグッと喉が鳴る。緊張して女性と話せないのだから、当然彼女もいたことがなければ、その先など以ての外だ。
「やっぱりモテないオーラだからね……仕方ないよね……」
「ほっとけ」
ネロから同情の目を向けられた貴仁は、やさぐれたようにベッドに潜り込んだ。
「ちょっとーダメー」
すかさず布団をはぎとったネロが、貴仁の腰の上に馬乗りになる。
「ノーパンで人の上に乗るな」
「お風呂入ったから綺麗だもん」
と言いつつ、ネロはちょっと恥ずかしそうにシャツの裾を伸ばした。あざといくらいの可愛い仕草だが、貴仁は湧きかけた変な感情を無理矢理追い払った。
「あのさ、モテないオーラとやらが出てる男とそんなにセックスしたいわけ?」
皮肉交じりに聞き返すと、ネロはちょっと考えてからこくりと頷いた。
「なんで? お前もオレにキョーミがある? 俺のこと好きか?」
怒って「違う」と反論されることを期待していたのに、ネロは真っ赤になって俯いた。予想外の行動に、貴仁はごくりと唾を呑む。
「男同士だし、会ってまだ一日も経ってないんだから、そんなわけないだろ?」
言い聞かせるように優しく尋ねるが、ネロは小さく頭を振った。
「会ったばっかりだけど、なんかモテないオーラだけど……でも、でも……今日、いっぱい嬉しかった、から……オレ、タカヒトのことちょっと気に入ったの」
いつかこんな冴えない自分でも好意を向けてくれる人に出会えると思っていた。しかしその相手がまさか猫耳のついた中学生の男の子になるなど、誰が想像できただろうか。
「いやいや、そんな、わけは……」
動転して大人しくなった貴仁を尻目に、ネロは途中まで外されていたシャツのボタンをぷちぷちと全部外した。開かれたシャツの合間から見えたのは、滑らかな白い肌と可愛らしい臍、そしてほんの僅かに反応を示している幼い性器。
「タカヒトも脱いで」
ネロは貴仁のTシャツを無理矢理上にたくし上げたが、貴仁の協力なしでは頭から抜くことはできない。胸まで上げたところで諦めた彼は、膝立ちで身体をずらすと、貴仁のハーフパンツのウエストに手をかけた。ゴムのウェスト部分を下着ごと強引に引っ張られ、貴仁のそこはあっさりとネロの目の前に曝け出される。
「ふぁ……オトナになるとこうなるんだ……」
「え、ちょ、で、電気、電気消そう」
初々しい女性が言うようなセリフが思わず飛び出すが、ネロは無視して貴仁の足から邪魔な衣類を抜き取った。
「ね、ここまで脱いじゃったら、もうするしかないよね?」
ネロは再び貴仁の腹の上に跨ると、ぺろりと唇を舐めた。
「いやいやいや……」
「イヤじゃないくせに」
嬉々としてそう言ってから、ネロははたと考え込む。
「うん、と……それでどうすればいいのかな。マロネがしてたのは、こんな感じ?」
ネロが身体を前後に動かすと、柔らかすぎず固すぎない少年の臀部が貴仁の下腹部を擦った。
「んー、なんか違う、よね? お尻が擦れるとちょっとだけ気持ちいいような気もするけど」
「わ、分からないならもうやめよう、な? な?」
「やだ」
ネロは懲りずに下半身を擦りつけてくる。しかし貴仁が気になっているのは、彼の下半身というよりもしっぽの方だ。緊張気味にゆらゆらと揺れる彼の黒いしっぽは、先程から貴仁の股間を掠めるように撫でていた。
「あ、場所が違うのかも」
そう言って彼がじりじりと身体をずらす。マズいと思った時には既に、ネロの小さなお尻に固くなった貴仁のものがぶつかっていた。
「?? 何? これ……」
ネロは手だけを後ろに回して、ぶつかったものの正体を確かめようとする。小さな手がぴたりと陰茎に触れた途端、貴仁は思わず目を瞑った。
「タカヒト、えっと、これ、さっき見たのと違う……」
貴仁の上から退いたネロは、ベッドに座ってじろじろと貴仁のそこを見つめていた。
「あーっ、もう! お前は!」
貴仁はがばりと身体を起こし、傍らにあった布団でそこを隠した。
「タカヒト、今のどういうこと?」
「そんなことも知らない奴にはセックスなんてまだ早い。服着てとっとと寝ろ」
年下の少年にいいようにされた羞恥や緊張で、思わず早口にまくし立てる。心臓の鼓動が早い。次に口を開いたら、どもって何も言えなくなってしまうかもしれない。
しかしネロはその場を動こうとせず、ぺたりとベッドに座ったまま俯いた。
「早くないよ。オレだって、マロネみたいに誰かに気持ちよくしてもらいたいもん。俺たちは可愛がられるために生まれたんだって、パパ言ってたのに……オレ、誰にも可愛がってもらえない」
その姿があまりにも寂しそうで、貴仁の中にあった焦りや緊張の熱は急激に冷えた。
「……そんなこと、ないだろ。千草はお前のこと大事に思ってるし、これから他にもたくさんの人が——」
「だから、オレはタカヒトがいいんだって、さっき言ったじゃん。そんなこと言うなら、タカヒトがまず最初の一人になってよ」
黄金色の瞳が何か訴えかけるように揺れている。貴仁はこの先の行動について頭をフル回転させた。
こいつは俺と千草の嘘を信じてるだけだ。俺がネロに好意を持って積極的に会いに来たと思い込んで、生まれて初めてのことにちょっと浮かれているに過ぎない。こんな騙したような状態でここから先の行為をするのは間違ってる。
貴仁の心の声は理性的にそう言っていた。それに従いネロの誘いを拒否しようとするが、貴仁の頭はその先までさらに深く考えてしまう。
もし俺がここで拒絶したら、ネロはどうなるんだろう。心から傷付いて、泣き出すかもしれない。もう二度と誰かと関わりを持たないよう完全に心を閉ざしてしまったら、それは俺の責任だ。千草はそんな俺を許さないだろう。
頭の中で情を司るもう一人の貴仁は、ネロを拒むなと言っている。
「タカヒト?」
ネロが首を傾げる。身体に不釣り合いなほど大きいシャツが、彼の肩から少しずれた。本当に彼を思うのであれば、今正直に全てを話すべきなのかもしれない。それを分かっていても、今ここで彼を傷付けるのは絶対に嫌だった。
「ああ、もう……どうなっても知らないからな」
すぐ傍に座っていたネロの身体を抱き寄せてやると、彼の手が貴仁のTシャツをきゅっと握った。たったそれだけで、彼の嬉しいという気持ちが貴仁の中にまで伝わってくる。
貴仁はベッドのヘッドボードに背を付けるように座り直し、ネロに「こっち」と声をかけた。少し恥ずかしそうに近付いてくるネロの身体を脇の下からひょいと抱え、彼を後ろから抱くように自分の前に座らせてやる。
二人の身体が密着すると、まだ硬度を持ったままの貴仁の中心が、ネロの双丘にぴたりと触れた。ぴくりと耳が動いたところから察するに、この異物の感触はしっかり伝わってしまっているらしい。
「男は皆、気持ちよくなるとこうなんの」
言い訳がましく呟きながら、ネロの腰に両腕を回す。
「タカヒト、さっきの気持ちよかったの?」
「お前がしっぽで触ってたんだよ。ずっと触られたら大体こうなる」
ネロの臍のあたりにあった右手を、するりとその下に伸ばす。僅かに反応している可愛らしいものは、貴仁の手の中に簡単に捕まえられた。
「……っ」
腕の中で華奢な身体がびくりと震える。他人に触れられることに慣れていない純粋な反応だ。貴仁が優しく手の中のものを擦ってやると、そこはゆっくりと芯を持ち始めた。
「っな、なに、これ……」
「ほら、お前だってなっただろ。まだ子供のサイズだけどな」
まだピンク色の控えめなものだが、その先端は元気に上を向いていた。
「子供じゃないもん! ……ふ、ぁ……」
指で作った輪で少し扱くだけで、生意気な口は吐息を零すだけになる。
「子供じゃないなら、一人でできるよな」
シーツを握るネロの手を取り、今まで自分が握っていた部分に彼の手を添えさせた。
「な、なんで……」
「一人でやる方法、知っとかないと」
彼の手を上から包み、一緒にそこを扱こうとするが、ネロの手は固くそれを拒んだ。
「お、俺は一人じゃなくて、タカヒトとしたいの。千草がマロネにしてたのと同じ風にしてほしいの」
貴仁はふうっと息を吐いた。
「あの二人が何してたのかちゃんと見えてたか?」
「ううん、暗くて全然。何してたの?」
「知ったら、お前は絶対嫌だって言うと思う」
「教えてよ」
貴仁は僅かに逡巡してから、ネロの身体をきつく引き寄せる。しっぽの付け根のあたりに貴仁のものをより強く押し付けてやると、ネロはまた耳をピンと立てた。
「た、たかひと?」
どう言えばいいのかまだ迷いながら、ネロの首筋に顔を埋める。
「俺のコレを……お前ん中に入れることになるんだけど」
「中? 中ってどこ?」
まるで言葉責めにあっているような気がして、貴仁の顔が赤くなる。
「男同士なら多分……ここ」
空いていた左手でネロの下の入り口に触れると、そこはきゅっと窄まった。
「っ……そ、そんなとこ、汚いよ」
ふるふるとネロが首を振ると、彼の赤く染まった頬が見えた。一瞬どきりとしたが、芽生えかけた邪な感情をすぐに追い払う。
「やっぱり嫌だろ? ほら、これの処理方法教えてやるから——」
「ま、待って! マロネもやってるんだったら、俺もやる!」
ネロは抱えられていた腕の中から抜け出すと、くるりと身体を反転させて貴仁に向き合った。
「別に無理することない。マロネはマロネ、お前はお前だろ」
彼はマロネと自身を比較しすぎているのだ。ただ兄弟の真似をしたいだけ。その程度の気持ちでこれ以上するのはやはり問題があるだろう。
せっかく貴仁がネロのことを慮って止めようとしているのに、肝心のネロはまだいやいやと首を振った。
「でも、でも……それしたら、きっと気持ちよくて嬉しくなるんでしょ? だったら、俺もやってみたい」
「えーっと……」
「タカヒトもきっと気持ちよくなれるよ。千草もすごく嬉しそうだった、から……」
その瞬間、ネロの表情が陰る。やはり彼は千草に特別な想いを寄せていたのかもしれない——そんな疑惑がまた湧き起こる。千草のことを思い浮かべているらしいネロを見て、貴仁の胸がつきりと痛んだ。
千草のことなんか考えるな。
ふとそんな考えが頭を過ぎった瞬間、貴仁はネロの身体を押し倒していた。余計なことを考えさせないためには、今目の前のことで頭を一杯にしてやればいいのだ。
ネロは突然のことでぽかんと天井を見ていたが、貴仁に下肢を開かれるとハッと焦点を戻した。
「……してくれるの?」
聞かれても明確に答えることができない。未成年の彼に性行為をすること。自分の初体験がこんな形で済んでしまうこと。問題だらけだということは十分自覚している。だがそれでも、貴仁は先程自分が決めた通り、ネロを満足させることを選んだ。
「痛かったら言えよ」
ネロは少し身構えてからこくんと頷いた。少しだけ萎えかけたネロのものを軽く擦ってやってから、奥の谷間に手を滑らせる。周りの肉を揉み解すようにしてから、中心の窄まりに人差し指をぴたりと当てた。ネロはくすぐったいのか恥ずかしいのか分からないが、目を閉じてふるふると耐えている。
意を決してつぶりと指の先端を入れると、ネロの顔が僅かに顰められた。
「まだ指一本先っぽ入れただけだぞ」
「へーき、だもん……」
そう言われても、ネロの顔は平気なようには見えない。指を入れている貴仁の方まで、傷付けまいと緊張せざるを得なかった。
「じゃあ、少しずつ奥に入れるからな」
ネロが馴染むまで待ちながら、指を少しずつ進めていく。
「ん……」
奥まで入った指を僅かにくいくいと曲げると、ネロは小さく悶えた。狭いその場所は貴仁の指をきゅうきゅうと締め付けている。今ここに入っているのが指ではなく、自身の猛りだったなら——そんな想像のせいで貴仁の中心が疼いた。
だがこれを入れるにはまだまだ準備が足りない。貴仁は急く心を落ち着けて、指を二本に増やした。少しでも広げようと指をぐにぐにと動かしてみるが、ぴったりと絡みついてくるそこは、もうこれ以上指の本数を増やせそうにない。
「ん、ぁ……も、もう大丈夫、だよ」
ネロは目を開けると、ねだるように貴仁を見つめた。
「絶対無理だって」
「だいじょーぶだから!」
貴仁のもののサイズを考えれば、まだ十分に解されていないことは明らかだ。しかしネロの勢いに押されて、貴仁はゆっくりと指を引き抜いた。
ネロに覆いかぶさっていた身体を起こし、中途半端に着たままだったTシャツを脱ぎ捨てる。裸の上半身にネロからの熱い視線を感じて、貴仁は慌てて彼の両太ももに手をかけた。足を開かせると、健気に勃ち上がる幼い欲望も、その下のひくついている入り口も丸見えになる。
「み、見てないで、はやく……」
そう言われて初めて、貴仁は自分がじっとそこに見入っていたことに気付いた。改めてごくりと唾を呑み、片手を自身の性器に添えて彼の入り口に狙いを定める。入り口をつんつんと突くと、ネロはびくんと身体をしならせた。
そんな悩ましげな反応が貴仁の中に火を点ける。だがその勢いのままに押し入ろうとするも、ぴったりと閉じたそこは外部からの侵入を完全に拒んでいた。
「……あのさ、そんな力まれたら入んないんだけど」
「だ、だって……っ……ん、ぅう」
先走りのぬめりを使って先端だけでも入れようとするが、無理矢理ねじ込むと血が出てしまいそうだった。さすがにこうなると貴仁も一気に冷静になる。
「やっぱり、今日はここまでにしよう」
「うぅ〜〜」
ネロは懲りずにぶんぶんと首を振った。貴仁も本音を言えば欲望の行き場をなくして不完全燃焼だ。少し考えてから、貴仁は一つ提案をすることにした。
「中に入れる以外でも、二人で気持ちよくなる方法あるから」
「へ? ぁっ……」
貴仁は自身の昂ぶりをネロの中に入れる代わりに、それを彼の性器に擦り付けた。二人分の欲望をまとめて握り、腰を振って二人のものをぶつけ合う。自慰行為のようなもののつもりだったが、やってみるとまるで本当に二人でセックスをしているような錯覚に陥った。
「あ……た、たかひとっ、なんか、ヘンっ」
ネロが慌て始めたが、貴仁も自身の快楽を追うのに必死だ。気にせず動き続けると、二人のものは擦れ合うたびにグチグチと水音を立てた。
「ま、待っ……と、トイレ、いきたぃ……んっ」
「……っ、行かなくて、いい」
「ゃ、お、おしっこ、で、出ちゃうもんっ」
「そっちじゃないから、出していいよ」
握っていた手の力をさらに強め、ピストンも早くする。はぁはぁと自身の息が上がるのを聞くだけで、気持ちがさらに昂ぶった。
「や、ぁ……んっ、んぅ……んにゃぁ、ぅ……」
シーツに爪を立てて一際高い声を上げたかと思うと、ネロは自身の腹の上に白いものを零した。
「っは、待って、もうちょい……っ」
素早く数回手で扱くと、貴仁のものも遅れて白濁を吐き出す。精液まみれになったネロの身体を避け、貴仁はぐったりと彼の横に転がった。
「なあ……さっき、『にゃ』って言わなかったか?」
ぼそっと呟くと、夢見心地だったネロの瞳に意思が戻る。
「い、言ってないっ」
ネロの反論には何も言わず、貴仁は彼のお腹の上に散った白い液体を指で掬った。貴仁が出したものはネロの秘部を汚しているから、おそらくこれはネロのものだろう。指を自分の顔の前まで持ってきて、ネロの初めての快感をしげしげと観察した。匂いでも嗅いでやろうかと指を鼻に近付けると、隣からサッと手が出てくる。
「や、な、何してんだよ、ヘンタイ!」
掴まれた腕を簡単に振り払い、今度はその手をネロの顔へと近付けた。
「はい、お前の」
「〜〜〜っ! タカヒトだって、一杯出したくせに!」
彼は仕返しとばかりに自身の性器周辺を汚している精液を指で拭い取る。そのまま顔の上に指を持っていくと、指からぽたりと垂れた白い液体が彼の頬を汚した。
「うぅ……なにこれぇ」
貴仁は怠い身体を起こし、ベッド脇のティッシュボックスを手に取る。
「精液。坂井さんの授業で教わってないのか?」
「知ってる、けど……」
手に付いていたものをまず拭いてから、ネロの身体を綺麗にしてやるべく彼を見下ろす。性器付近を中心にあちこちを白く染めたネロの身体は、少し目のやりどころに困った。
「まあ、こうやって出るのは知らなかったかもな」
「ん……」
二人分の汚れをきれいに拭ってやってから、彼の身体を引き起こす。羽織ったままだったシャツの前を留めてやろうとするが、ネロは貴仁の胸に飛び込むように抱き付いた。
「……どうした?」
「タカヒト、気持ちよかった?」
彼が何を言ってほしいのかは誰が見ても明らかだ。
「ああ、よかったよ」
真っ黒な髪を撫でてやる。そこは少し汗ばんでいて、髪越しでも彼の熱が伝わってきた。
「えと、オレ、オレも、きもちよかった……」
ネロが赤く上気した顔で貴仁を見上げる。突然素直になられて、貴仁はどう返事をすればいいか困った。
「満足したなら寝るぞ」
「はーい」
ネロの身体をさり気なく引き離し、ベッドの隅に追いやられた衣服を回収する。
「えー、そのままでいいじゃん」
文句を言われてネロを見ると、彼はちゃっかりベッドで寝る態勢に入っていた。
「お前の寝るところはあっち」
床の布団を指差しても、ネロは「やだ」とだけ言って自分の隣をぽんぽんと叩いた。物理的に彼をベッドから摘まみ出そうと思えばできるが、それはさすがに躊躇われる。貴仁は小さく溜め息をつくと、諦めて下着とハーフパンツを履いた。
「だから、そのまんまでいいってばー」
そう言うや否や、ネロは貴仁のTシャツをサッと回収してしまう。
「あー、もういい。分かったよ」
自棄になって彼の隣に寝ると、すぐさま上から布団がかけられた。
「……あのさ、そこまでくっつく必要ないと思うんだけど」
胸元にすりすりと寄ってくるネロを見ながら、貴仁は苦い顔をする。
「嫌なの?」
大きな金の瞳に見つめられて心臓がどきりと跳ねる。本気で嫌なわけではない。ただ、ここまで明確な好意を示されることに慣れていないため、どう相手をすればいいか戸惑っているだけだ。
「お前がそれでいいんならもういいよ」
そのたった一言で、ネロは本当に嬉しそうに頬を緩めた。かわいい——湧き起こったそんな感情を、慌てて勘違いだと誤魔化そうとする。
「ほら、くすぐったいからそこ触るなって」
そう言うと、貴仁の腹部を触っていたネロは、むしろぎゅっと抱き付くように身体を密着させてきた。
「タカヒト、なんかビミョーに腹筋鍛えてるのに、女の人に見せる機会がなくて残念だね」
「な、なんでそんなこと……」
焦ってその先の言葉が出てこない。筋肉を付ければ少しはモテるのではないかと、日々ささやかな腹筋や腕立てをしてきたのだが、まるでそんな下心が見透かされたような気分だ。
「これからも誰にも見せる機会なんてなくていーからね」
ネロは全部自分のものだと言わんばかりに抱き付く腕の力を強くした。小さな身体から向けられた独占欲に、貴仁の頭はただ戸惑う。愛しいと思う気持ちに気付きかけても、それはきっと犬や猫などの小動物に抱く無条件の愛しさと同レベルなのだと思い込もうとした。今日出会ったばかりの子供とこんな関係になっていること自体、異質なのだ。
聞こえてくる穏やかな寝息を聞きながら、貴仁は明日からの生活を憂えた。