猫と花 6 | fDtD    
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6

 食事を終えて一旦自宅へ戻った後、植木鉢を置いて再度出かけた二人は、貴仁の通う大学まで来ていた。普段の通学には自転車を使っているが、今日はネロもいるためバスに乗り、大学入り口のバスターミナルで下車する。
「広ーい! これ全部ダイガク?」
 キャンパス内部へと続く緩やかな道を歩きながら、ネロは道の先の先まで見るかのごとく小さく背伸びした。
「そうだよ。俺と千草はいつもここで勉強してんの」
「遅刻遅刻ー、って言いながらここダッシュするんでしょ?」
 ネロはそう言いながら嬉しそうにタタッと走り出す。
「こら、あんまり走るなって。また風でフード取れたらどうすんだ」
 注意されて走るのをやめたネロは、すぐに別の場所へと注意を向け、フードの下で耳をぴくりと動かした。
「ねえねえ、あっちから歌が聞こえてくるよ」
 言われてみれば確かに、生垣の向こうの建物内から声が聞こえている。
「アカペラでコーラスするサークルなんだよ」
「さーくる?」
「ああ、えっと、やりたい人が集まってできるグループっていうか、中高生の部活動に似てるけどもうちょっと緩いっていうか……」
「中高生の部活動っていうのもテレビでしか見たことないけど、なんとなーく分かった。で、タカヒトは何かやってるの?」
 無邪気な質問に対し、貴仁はうっと喉を詰まらせた。
「いや、ちょっと入ろうかなって思ったところはあったけど……」
「けど?」
「……女子が多かったからやめた」
 わざとぼそりと言ったが、ネロはあっけらかんとしている。
「でも女の人と一緒に勉強とかはしてるんでしょ?」
「同じ授業くらいなら話さなければ問題ないし、俺のゼミも今のところ男子学生だけだし——」
 途中まで言いかけたところで、ネロがにやにやと笑っていることに気付いた。
「何がおかしいんだよ」
「なーんでもない」
 言葉とは裏腹に、ネロはスキップでもするかのように浮かれた足取りで先へと進んでいった。

 キャンパスの中央に広がる芝生を真っ直ぐ進んでいくと、大きな池のほとりに平屋建ての白い建物が見えてきた。
「あそこが生協で、池の斜面に立ってる方が学食」
「なーに? それ」
「つまり、すげー安いレストランと、ちょっと品ぞろえの多いコンビニみたいなもん。俺も千草も大抵あそこで飯食ったり、買ったりしてる」
「ふーん。じゃ、あのおっきい建物は?」
 ネロが指差した先にあるのは、大きなガラス窓のある建物だ。周囲の芝生に対し、その近代的な建物は全く不釣り合いだった。
「あれは図書館。本を読んだり借りたり……あ、あとパソコンもある」
「いいな〜」
 中に入ってみたいと言いたげな視線を浴びるが、貴仁はぽりぽりと頭を掻いた。
「あそこ入り口で1人ずつ学生証通さないと入れないから」
 駅の改札のように、入り口には学生証をかざすゲートがあるのだ。さすがに二人で一緒には入れない。
「ほら、俺のよく使ってる校舎の方に行こう」
 しょぼくれるネロを連れて校舎がいくつか建っている方へと歩き出す。この辺りの建物は授業の教室としてよく使用するが、貴仁の研究室がある棟は芝生から外れたキャンパスの外側寄りにあった。
 校舎の説明をしながらしばらく進み、芝生のエリアをぐるりと囲む車道に出たところで、貴仁は見たことのある人物を見つけた。
「……あ」
「ああ、吉住君」
 そう言って片手を上げたのは、五十がらみの男性だ。Yシャツの上にベストを羽織った恰好の彼は、最近中年太りしたとぼやいていた通り、また少し太って見えた。
「どうも、お疲れ様です」
 貴仁が会釈すると、男はネロを見て怪訝な顔をした。
「その子は、弟……というわけではなさそうだね。外国の子かな?」
「預かって面倒を見ている子で……ネロって言います」
 貴仁が小突くと、ネロは慌ててぺこりと頭を下げた。
「初めまして」
 男に挨拶されても、ネロはちらちらと貴仁を見るばかりだ。
「この人は志木先生。蘭の研究をしてるんだ。今学期ちょうど志木先生の授業を一つ取ってて……って言っても分かんないか」
「大学の先生? 研究をする人?」
 おそるおそる尋ねるネロに対し、志木は鷹揚に頷いた。
「そうだよ」
 会話が続かないネロに代わって、貴仁が慌てて口を開く。
「この子、親が生物系の研究者らしくて」
「ふふ、じゃあこの子も将来は大学に来るのかな?」
 志木に笑いかけられ、ネロは少しだけ目を瞠った後、うーんと考えるポーズをした。
「将来……? 大きくなったら、パパの研究所に来なさいって言われてるけど……」
「へえ、すごいじゃないか」
「すごいの?」
 ネロの言葉に僅かに熱がこもった。
「もちろん。研究所に来るように誘ってもらえる研究者なんて、ごく僅かだからね。君はそれだけ期待されてるんだ」
 志木の言葉を聞いて、ネロはまた自信のなさそうな顔に戻ってしまう。
「そういうんじゃ、ないと思うけど……」
「すみません、こいつ、まだ将来の夢とか分かってないみたいで」
 これ以上彼の出自について探られるのを避けるため、貴仁は慌てて話を遮った。
「それで大学見学かい?」
「まあ、そんなところです。な?」
 話を合わせろという意志を込めてネロの肩をぎゅっと握る。それが通じたのか、彼もこくこくと頷いてくれた。
「そうか。じゃあ、よく考えるといいよ。研究の世界は実力主義だ。君の肌の色や瞳の色で差別されることはない。生き残るにはとても厳しい世界だけどね」
 掴んでいたネロの肩が僅かに跳ねる。今までのもじもじとした態度からは一変し、ネロはしっかりとした目で志木を見据えた。
「差別、されない……俺がどんな見た目でも?」
 ネロの手が自身のフードの縁にかけられる。
「あ、おい」
 貴仁は慌てて止めようとしたが時既に遅く、ネロの真っ黒な髪と猫の耳が日の光の下に顕になった。すぐ傍の月桂樹の木が、驚いたように葉をざわめかせる。
 幸いにも休日の大学構内、それも少し中心から外れた道だったため、周囲に人の気配はない。唯一の目撃者である志木は、特に大きく騒ぐこともなくしげしげとネロの耳を見ていた。
「これは……驚いたな。どういう仕組みでそうなったのか、君は研究対象としても有望なようだ」
 そう言い終わる頃には、もう普段のおおらかさを取り戻してにっこりと笑っていた。
「差別されないって言ったくせに」
 志木から向けられる好奇の視線に対し、ネロは臍を曲げてしまったようだ。
「もちろん、君が研究者側の土台に立つと言うなら、君の論文はその内容だけで公平に評価されるよ」
 ネロはむすっとしたまま貴仁に隠れるようにくっ付く。他の人が来る前に、貴仁はそっとネロのフードを元に戻してやった。
「そうだ、良かったら私の研究室でも見に来るかい?」
 何も答えないネロの背中を、貴仁は軽くぽんぽんと叩いた。
「志木先生の研究室は珍しい蘭がたくさんあるんだ」
「じゃあ、ちょっとだけ」
 ツンと顔を背けてそう呟いたネロは、高飛車な猫そのものだった。

 コンクリートで舗装された車道を歩いて行くと、学食や生協の傍にあった大きな池が見えてくる。
「あそこ、すごいね」
 ネロが見つめる先は、池のほとりの一角に広がる黄色い花畑だった。
「オオキンケイギク」
 貴仁は反射的に花の名前を呟く。
「あれね、この前ついに大学側で駆除が決まったらしい」
 隣を歩く志木は少し神妙な顔つきでそう言った。
「まあ、仕方ないでしょうね」
 貴仁は漏れそうになる溜め息をぐっと堪えた。
「駆除ってどういうこと?」
 ネロが駆け寄ってきて首を傾げる。志木が何も言わないようだったので、仕方なく貴仁が口を開いた。
「えーっと、あの花は外国から来たよそ者なんだ。でもとにかく繁殖力が強くてさ、どんどん増える代わりに、今までそこにあった植物が追いやられてるってわけ」
「特定外来生物と言ってね、国から指定された種なんだよ。昔は積極的に植えていた時期もあったんだけどね、ちょっと増えすぎたかな」
 そんな話を聞いている間も、ネロは歩きながら遠くの花をじっと見ていた。
「でも、あの花の方が強いんだったら弱肉強食で放っておくのが自然じゃないの? 人間の都合で海を越えさせて、やっぱり駆除して……なんかすっごくモヤモヤする」
 ネロの唇がきゅっと引き結ばれる。貴仁が何も反論できないでいると、隣で志木がふふっと笑った。
「人間だって自然の一部だよ。弱肉強食と言うなら、人間はあの花より強いんだから、人間がそれを好きにするのもまた自然……ということになってしまうね」
「そうかも、だけど……」
 ネロが納得していないのは見るからに明らかだ。
「君があの花をかわいそうだと思う感情は否定しないよ。僕はただ、君の言う弱肉強食の理論に対して疑問を呈しただけなんだ」
 穴のある話をされれば、そこを突きたくなる性分なのが研究者だ。ネロは何を言われているのか良く分かっていないようで、眉を寄せて難しい顔をしていた。
「まあ、俺だってかわいそうだって思う気持ちは同じだよ」
 ネロにも分かるように貴仁はなるべく平易な言葉を選んでフォローした。すると、ネロはもう一度だけ黄色い花の海へと顔を向ける。鋭いその猫の目は、憐れみとも怒りともつかない不思議な色をしていた。

 道路をさらに進んでいくと、芝生の反対、すなわちキャンパスの外周側に向かう分かれ道が見えてきた。木立の合間を縫うように伸びるその道は、舗装されているとはいえ、道の端は半分土に埋もれていた。
「この大学、なんでこんな広いの?」
 ネロがそうぼやくのも無理はない。授業を行う校舎が集まる中央の芝生エリアと、その周りを囲む車道だけでもかなりの広さだが、その外側にもさらに、林を切り開くようにして、研究棟などがぽつぽつと点在している。
「さあ? 土地が余ってたから?」
 貴仁は適当にそんなことを言ったが、それもあながち的外れではないかもしれない。関東圏ではあるが都内ではなく、しかも最寄駅からバスに乗らないと来られない場所だ。大学の周りもほとんどが畑だった。
「僕が間借りしてる研究棟は一番端にあるから、いつも不便なんだよ」
 少し膨れた腹を擦りながら志木が苦笑する。
「裏の通りに出るのはすぐですけどね」
「ああ、生協に行くより裏通りを出て外のコンビニに行く方が早いよ」
 志木が力なく笑ったその時、傍を歩いていたネロがぴたりと足を止めた。
「今なんか木の上にいた」
 ネロの視線の先を見ても、今は何も見えない。
「リスじゃないか? そういえばこの前俺の友達が、この辺で猿顔のリスがいたって大騒ぎしてたぞ。あ、志木先生の授業を一緒に取ってる柴田って奴なんですけどね、あいつそういう動物探しが好きみたいで」
 途中から志木に向かって説明すると、彼はまるで信じていないというように笑った。
「狸か何かと見間違えたんだろうねえ」
 そうこうしながら進むうちに、林の中に突如ガラス窓とコンクリートでできた2階建ての研究棟が見えてきた。一階入り口のロビー付近は全面ガラス貼りだが、それ以外の壁面は打ちっぱなしのコンクリートだ。芝生の中の図書館と同じく、自然の景色と人工的な建物が実に不思議な雰囲気を醸し出していた。
 自動ドアを入った先のロビーには、いくつか机やパソコンが置かれており、今も一人女子学生が座っていた。彼女の顔には見覚えがある。志木の授業でいつもアシスタントとして前の方に座っていたはずだ。
 彼女はこちらに気が付くと、志木に向かって小さく会釈をした。メガネの似合う黒髪美人だとは思うが、彼女の鋭い視線が貴仁は少し苦手だった。まるで自分の汚い本性を見抜かれているような気がするからだ。
 建物の中は静まり返っており、人の姿はほとんど見えない。地理的に不便な場所にあるにも関わらず、大学側が家賃を下げないせいで、この建物には空室が多いのだそうだ。資金だけは潤沢にあるからと言って、志木はこの建物の一階にも二階にも複数の部屋を取っているのだと聞かされたことがある。
 ロビー以外の場所は厳重なセキュリティがかかっていて、カードキーを使わないと入れない。志木のIDを使ってガラスの自動ドアを開け、階段を上がる。二階の廊下にはいくつか窓があり、建物の裏手の林が見えているが、それぞれの研究室内には明かり取り程度の小窓しかないはずだ。
 廊下をどんどん進み、突き当りの非常階段へと通じる出口が近付いてくる。志木の研究室には、その非常階段のすぐ脇にあるドアから入った。
 入ってすぐの場所はごく普通の教授室だ。奥に机と椅子があり、手前に応接用のテーブルとソファや、学生が使える研究スペースがある。だが今用があるのはこの部屋ではない。この部屋にはさらに隣へと通じるドアがあり、その先が重要なのだ。
 ドアを開けた志木が先に中へと入り、貴仁とネロもそれに続く。その部屋にはガラスケースに入れられたいくつもの蘭が並んでいた。
「ここに来るのは二回目ですけど、やっぱりすごいですね」
「この設備のためだけにこんな離れた建物にいるようなものだからね」
 これらのガラスケースは機械に繋がっており、かなり高度に調整されているという。
「僕は隣の部屋にいるから、自由に見てていいよ。物を壊したりしないように……って吉住君なら大丈夫だね。ああ、それと奥の部屋は大事なものがあるから入らないようにね」
 この部屋よりもさらに奥にもドアがあるが、おそらくそちらにも貴重な資料があるのだろう。志木が教授室へと戻っていくと、室内には貴仁とネロだけが取り残された。
「変な形」
 一番近くにある蘭を見て、ネロが早速そう呟く。彼の目の前の花弁は歪な人型のように広がっていた。
「ここにある蘭は本当に貴重なんだぞ。全部原種だ」
「原種?」
「つまり野生の状態ってこと。人間の品質改良がされてない本当に自然のままの種だ」
 蘭の原種は条約で輸出入に規制がかけられるほど希少なものだ。研究目的でもなければ手に入れることはできないだろう。
「でもこのガラスケース……」
 ネロは冷たいガラスにそっと手を這わせる。
「全部温度や湿度だけじゃなくて、光や風も調節してるんだ」
「ふーん……」
 貴仁は以前からこの技術に魅力を感じていたが、ネロの声色に感嘆の色はない。
「なんか面白くなさそうだけどさ、こうでもしないと絶滅するかもしれないんだぞ」
「なんで絶滅しちゃうの?」
 ネロの注意が蘭から貴仁へと向けられる。
「えーっと、人間の乱獲、かな……?」
 貴仁は無意識にネロから目を逸らした。
「人間の都合で絶滅しそうになったから、人間の都合でこーんなことするんだ? オレ、やっぱりなんかモヤモヤする」
 ネロは自分の手を胸のあたりでぎゅっと抑えた。そんな彼をあえて見ないように、貴仁はゆっくりとガラスケースの中を見ながら移動する。ネロから少し離れて顔が見えなくなったところで、貴仁はゆっくりと口を開いた。
「お前は、その、人間の科学的研究ってやつを必要以上に嫌いすぎてないか?」
「なんかオレが悪いみたいな言い方」
「悪い……とまでは言わないけど、まあ、もうちょっと柔軟に考えられないものかと思って」
 そこまで言ったところで、ネロがすぐ隣まで来ていることに驚き言葉を止める。
「じゃあさ、もしタカヒトが人間に作られた改造人間で、普通に生活するにも不自由するようなことがあって、それでも普通に生きなさいって言われたら何て思う? オレはね、随分勝手だなって思っちゃうよ」
 ネロの握り締めた手が僅かに震えている。彼の怒りももっともで、大人ならここで「そうだね」と言って気持ちを受け止めてやるべきなのかもしれない。しかし、彼の父親がしたことに対して、無関係なその他の研究までここで責められるのは理不尽だ。貴仁はその不満を隠せるほど大人ではなかった。
「勝手だなと思って、それでどうする? 人間の生命科学の研究を恨んで、それで?」
 貴仁の口調がややきつくなったことに驚いたのか、ネロは怖気づいたような表情で固まってしまった。そこでやっと、大人気ないことはやはり言うべきではなかったと後悔する。どうフォローしたものか——貴仁は頭を掻きながら一つ息をついて落ち着こうとした。
「えーっと、昨日もちょっと言ったけどさ、お前のそういう、自分の境遇を呪ってずっとウジウジしてんの、やっぱりちょっと……どうかと思うよ」
 貴仁がしどろもどろにそこまで言うと、ネロは暗い表情で俯いてしまった。
「それ、オレが嫌いってこと?」
「え、いや、そこまでは……」
「でも良くない意味なんだ」
 貴仁はネロの表情を確認しようとしたが、彼はそれより先にぷいと背を向けて部屋を出て行った。
「おい、もう見なくていいのか?」
 慌てて後を追って隣の部屋へ移動するが、机に向かった志木が驚いたように首を傾げているだけで、ネロの姿は既に見えない。
「もういいのかい?」
「はい、ありがとうございました」
 志木に軽く会釈をしてから廊下へ出ると、ちょうど角を曲がるネロの背中が見えた。この建物は入る時はIDが必要だが、出る分には自由だ。彼が曲がった角の先、階段を大急ぎで降りて、ロビーを抜ける。志木のところの女子学生が先程と同じ位置に座っていたが、そんなことを気にしている場合ではない。
 外に出て林の中の小道を少し進んだところで、貴仁はやっとネロの横に追いついた。
「待てって。勝手に進んでも道分かんないだろ?」
「分かるもん」
 走るほどではないが、かなりの速足でネロはずんずんと歩き続ける。何者をも寄せ付けないネロの雰囲気の前で、貴仁は無言で彼についていくしかなかった。本当はこの後、林の中にある綺麗な花が咲く場所を教えながら帰ろうと思っていたが、それもできないだろう。
 先程の受け答えに失敗したらしいことは分かる。互いの間に生じた何らかの行き違いを修復しなければならないことも重々承知だ。だが、具体的に何が彼の逆鱗に触れたのか定かではない以上、うかつに言葉を重ねるのは危険だ。
 林を抜けて広い車道に出たところで、ネロが右に向かおうとしたため、貴仁は思わずネロの腕を掴んだ。
「そっち、バス停の方向じゃないけど」
 振り払われるかとも思ったが、ネロは少しばつが悪そうに足を止める。貴仁が手を引いてバス停の方へ歩き出すと、彼はまだ拗ねた様子ながらも、大人しくついてきた。

「夕飯、何食べたい? 家で食べるならカップ麺くらいしかないけど、嫌ならコンビニで弁当買ったり、俺がよく行く定食屋に行ったりするぞ」
 終点の駅前でバスを降りた後、貴仁はネロに目線を合わせて尋ねる。
「何でもいい……」
 怒っているというよりはどこか意気消沈した様子で、ネロはぼそっと呟いた。この状態で外食というのも気まずいだろう。
「じゃあコンビニ行くからな。ついでにほら、イチゴジャム買っといてやるから」
 貴仁の決定に対し、ネロはこくりと従順に頷いた。

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