メインは主人公の両親(Ω同士)の話。健全です。
終盤がアラタ×旭の話。こちらはR18シーンあり。
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藤堂奏多がまだ幼い頃、彼の周りにはいつも三味線と笛と鼓の音が響いていた。なぜなら、奏多の母、梢が日本舞踊家だったからだ。彼女が属する和泉流茜派は、家元も弟子も皆Ωの女性という流派である。
幼い奏多は稽古場で音楽と共に舞う母の姿を見て、赤い色がヒラヒラと踊るのを感じていた。その赤は浴衣の色だとばかり思っていたが、踊っていない時に見ると地味な稽古用の浴衣にはどこにも赤が入っていない。
稽古場にいる時だけでなく、道路で車が走る音を聞けば黒を感じ、他の子供たちの甲高い笑い声にはオレンジが浮かんだ。でも他の人々にそんな色は見えていないようだ。
どうやら自分の感覚は他の人と違うらしい――そう気付いてから間もなく、奏多はαの母、奏子と共に病院へ行き「共感覚」という診断を受けることになった。
今、皆はどんな風景を見てる? 僕の見てるものは「正しい」? 誰がそれを判定できるの?
心の中の問いかけに答えはなく、それを口に出そうものなら周囲からは不思議なものを見るような視線が返ってくる。
いつしか奏多は、自分が世界をどう感じているのか周りの人に話すのが怖くなってしまった。
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「明日ね、篠原さんのお家と一緒にお花見がてらお出かけしない? 俊輔はお友達と遊びに行っちゃうみたいなんだけど」
母に誘われて近所の公園に行くことになったのは、小学三年生の春だった。
篠原さんというのは、外国人の父親と背の高い母親、そしてその息子である晶の三人家族だ。親同士の仲が良く、晶と奏多が同い年ということもあり、時々こうやって一緒に遊びに行くことがある。
晶とは幼稚園も小学校も一緒で、生まれた時からの幼馴染というやつだった。しかし、小学校では違うクラスになってしまったので、未だに彼について分からないことも多い。同じクラスには晶以外にも親しい友達はいたし、晶だけ特別だとかそういった感情はなかった。そのお花見の日までは。
母二人と共に公園の隅でビニールシートを広げていると、後から篠原一家がやってきた。どこからどう見ても外国人の男性がにこやかに手を振り、隣にいた背の高い日本人女性が軽く頭を下げる。
「すみません、先に準備させてしまって」
真っ白な肌と薄茶色の髪の外国人は、ほぼ完璧な日本語でそう言った。
奏多の母たちが「いえ、いいんですよ」と答えると、大人たち四人はそのまま歓談を始めてしまう。
取り残された奏多は、隣にいる晶を盗み見た。春の陽射しを反射して彼の薄茶色の髪はキラキラ輝いていて、白い肌は僅かに桜と同じピンク色に染まっている。彼の目は光の具合で薄茶色にも金色にも見えるのだが、それを見ようとしたところでちょうど彼と目が合ってしまった。その淡い色の瞳はどこかぼんやりしているようにも見えたが、すぐに奏多へ焦点を合わせてきた。
「あっち行ってよっか」
晶が透き通った声でそう言い、小首を傾げた。彼の声は不思議と何の色も感じさせない、ただ透明なのだ。
お弁当や飲み物を用意するはずの両親の手がお喋りで完全に止まっているのを確認し、二人は公園の中をふらふらと歩き始めた。
「今日お兄ちゃんはいないの?」
「俊輔兄? 友達とどっか行っちゃった」
「そっか。遅れてごめんね、ジグの仕事が終わらなくて」
晶がジグと呼んだのは、あの外国人の父親だ。彼は外国で絵本作家をしていたが、隣にいるタカコという日本人の女編集者に彼の作品と彼自身を見初められたらしい。そのまま日本に連れて来られて結婚までしてしまったのだそうだ。
「僕は仕事なんて夜やればいいじゃんって言ったんだけど、締め切りがあるんだって。だったらもっと前からやっとけばいいのに」
繊細そうな見た目とは裏腹に晶はお喋りで、奏多はいつも彼の日本人離れした顔を見ながら相槌を打つ係をしている。日本人でもなく完全な外国人でもない、まるで映画やアニメに出てくる妖精みたいだ――それが奏多から晶に対するイメージだ。だからこそ、彼が自分とは違う世界の生き物のように思えて、奏多は晶という幼馴染に今一歩踏み込めないでいた。
どこか落ち着ける場所はないかと辺りを見渡すが、公園の遊具はほとんど使われている。隅にあるブランコの近くまで来て、二人は何となく近くにあった低い柵に凭れかかった。
その時、ブランコで遊んでいた少年二人の視線がこちらに向けられる。正確には、彼らが見ていたのは晶だった。
「ねえ、あの髪さ――」
彼らは耳打ちを始め、そこから先は言葉を聞き取れない。しかしどんな話をしているのかは、異質なものを見るその目が何より雄弁に語っている。ごにょごにょと聞こえてくる音で、奏多の中には大きな灰色の靄がみるみる広がっていった。
晶の見た目は確かに目立つ。生まれた時から当たり前に一緒に遊んでいたから初めは気付かなかったが、幼稚園や小学校という子供社会に属するようになった今はそれを知っている。そしていつしか奏多自身も、晶の見た目で彼との間になんとなく壁を感じるようにまでなっていた。
学校では別のクラスになっているが、晶は普段周りからどんな目を向けられているのだろうか。ちらりと彼を見ると、金色の瞳がこちらを見ていた。
「奏多も僕の見た目が気になる?」
まるで心を読まれたかのようなタイミング。言葉に詰まっていると、晶は寂しそうに顔を伏せた。
「僕が皆と違うから。怖い? 嫌い?」
彼がそれ以上何か言う前に、奏多は思わず口を開いた。
「あ、晶は、皆と違う、けど嫌じゃない。えっと、綺麗……」
男子相手に綺麗という褒め言葉は変かもしれない。ただとにかく、彼の見た目にどこか引け目を感じてしまうのは決して恐怖や嫌悪感によるものではないのだと伝えたくて必死だった。羞恥と後悔に内心慌てふためく奏多をよそに、晶の顔はパッと明るくなった。
「ジグがね、ポーランドってとこの人なんだ」
遠い国だということは分かるが、世界地図のどこにあるのかは分からない。なんとなくファンタジーな世界を思い浮かべてしまうのは、国名にランドが付くからだろうか。
「いいなあ……」
奏多の呟きに晶は照れたように笑って、凭れかかっていた柵から身体を離した。
「ねえ、何して遊ぶ? 僕あんまり外で遊ばないから分かんなくて」
それは即ち、彼は学校でほとんど友達がいないということだろう。事情を察した奏多はその理由を深く突っ込まないことにした。
「いつも家でどんなことしてるの?」
「絵を描いてる。そうだ、見にくる?」
晶はどんな絵を描くんだろう――そう思った時には既に彼は両親の元へ駆け寄っていて、奏多を家に連れて行きたいと提案していた。
晶の家は公園から歩いて十分程の場所にある。たまに来たことはあったが、リビングで少し話をする程度だった。今日も親たちがリビングでお茶を用意し始めるのをよそに、二人は二階にある晶の部屋に駆け込む。晶の美しく繊細な外見とは裏腹に、その部屋はめちゃくちゃに散らかっていた。かろうじてベッドに向かう獣道がある程度だ。
晶は床の物を蹴って道を作り、机の上にあったスケッチブックを回収すると、それを奏多に手渡した。それは開きっ放しで、おそらく最後に描いたと思われるページがすぐ目に入る。
パステルで描かれたピンク色のもやもやとした雲のような何か。
「これは何?」
「桜!」
そう言われても、そこには花の輪郭も木の輪郭も全く見えない。おそらく幼稚園児の方がまだ桜の花や木に近い物を描けるはずだ。
「桜の花の匂いと風に乗ってくる青臭い緑の匂いが混ざると、こんな感じの形になる」
「かたち……?」
「そう、カチコチだったりまん丸だったり、こんな風にもやもやだったり。匂いを嗅ぐと頭の中だけで色んな形に触ったような感じになる」
ああ、晶は僕とは違う。でも、他の人と違う感じ方で生きてるのは、僕と同じだ。
そう思った瞬間、彼と自分が幼馴染みであることがまるで運命のように感じた。今まで誰にも話さないようにしていた自分の感覚を、彼になら話してもいいような、そんな気がした。
「僕は……風の音を聴くと白い感じがする。桜を見てる時に風が吹くと、真っ白な花束がザワってなる気がして、でも桜の花は本当はピンクで……こんなの間違ってるはずなのに」
「間違ってないよ」
間髪入れずにそう言われ、奏多は言葉に詰まった。
「皆違って皆正解なんだって、ジグが言ってた」
澄み渡った透明な声の向こうで、金色の瞳が微笑んでいる。その瞬間、何かが許された気がした。
「奏多が見た桜、どんな風だったのか僕も見たい」
晶は桜を描いたページを開いたまま、オイルパステルと共にスケッチブックを押し付けてきた。散らかった物を押し退けて二人で床に座り、彼の絵の上に白い花びらを重ね、時折晶も何かを書き加え、一枚の紙が埋まっていく。二人の感覚を重ねたそれは、今までに見たことのない新しい世界の姿だった。
それ以来、奏多と晶は家でも学校の行き帰りでもいつも一緒にいるようになった。絵本作家である晶の親からアクリル絵具や油絵具をもらい、二人で一枚の画用紙に向かう日々が二年程続いただろうか。
小学校の高学年が近づき、子供達の中で徐々に恋愛事が取り沙汰されるようになったが、二人はもうお互いの事以外考えられなかった。どちらからはっきり告白するわけでもなく、いつの間にか自然と二人は恋仲と言える関係になっていた。奏多の親が同性同士であったため、男同士で惹かれ合うことに違和感がなかったことも大きい。二人の間で幼い恋心を共有しながら、ひたすら一緒に絵を描き続けていた。
二人で絵を描くのは大抵晶の部屋だ。以前は足の踏み場もごく僅かだったこの部屋は、奏多の手で正常な生活ができるように保たれている。
そして絵を描く息抜きに、すぐ隣にある書斎へ行くこともあった。この部屋の壁はほぼ本棚で埋め尽くされており、中央にソファとテーブルが置かれている。日本生まれの編集者とポーランド生まれの絵本作家がお互い持ち寄った蔵書だからか、それぞれの本の言語もバラバラだ。
いつも日本語の本を選んで二人で開いてみるものの、読めない漢字を飛ばしつつ悪戦苦闘していた。しかし、文字を声で読み上げるたびに一文字一文字が色付いていく感じがして、奏多はこの時間が好きだった。
「ねえ、本棚の後ろに何か隠れてた。『歴史再現論〜神の預言書〜』だって。今日はこれにしよ」
晶が見せてきた本の表紙は、タイトルと著者のみが書かれた異様にシンプルなものだった。もしかすると、市販され世に出回っているものではないのかもしれない。
二人でソファに詰めて座り、早速本の中身を奏多が読み上げ始める。
「なになに……『我々が六の性を……得する……となったのは、旧西暦二二〇〇年台から二千年ほど続いたミニ氷期である。急激な寒冷化と……によって、人類の人口はみるみる減っていき、絶滅の危機に……した。現在の六の性は、そのような環境下で自然発生した突然変異とも、高……という日本人科学者によって人……的に引き起こされた変異とも言われているが、この氷期の間に多くの電子……による記録は失われてしまったため、何が起こったのかは今でも多くの謎が残っている』だって。読めない漢字がいっぱい」
「六の性って何のことだろう。続きを読めば分かるかも」
晶に促され、奏多は再び漢字だらけの本に向き合った。
「うーんと『氷期以前の旧西暦についても、人類が高度な技術力を持っていたことは様々な遺……から分かるものの、詳細な歴史までは今日になっても明らかにされていない。しかし最近、我々が今経験している西暦は旧西暦の出来事を再現するように進んでおり、全ては運命として旧西暦から決まっているという学説が出てきている。六の性によって血……関係等のミクロな違いはありつつも、歴史のマクロな大筋としては過去の再現になっているという。本書では、神の預言と言われるこの学説について詳しく紹介していこう』……六の性の話はどっかいっちゃった」
「うん、でも……運命だって」
「ロマンだね」
奏多のその一言に、晶は怪訝な顔をした。
「そうかな。僕が自分で決めたことも、頑張った結果も、全部最初から運命で決められてたなんて、そんなの嫌だよ」
「でも僕は……晶と初めて一緒に絵を描いた時に運命だって思ったよ」
あの日を特別に思う自分の気持ちごと否定されたようで、声が少しだけ震えた。晶が何かを言おうとした時、玄関のドアが閉まる音が家の中に響く。
「あ、晶のお父さん帰ってきた。六の性って何のことか聞かなきゃ」
あの話の続きをしたくなくて、奏多は晶の腕を引いて書斎を後にした。本当はこの時、互いのすれ違いを解消しておくべきだったのかもしれない。
その日の夜、二人は学校で習うよりも早くα、β、Ωという性の存在を知った。同性同士で結婚しても何も問題ないと思っていたが、子供ができるためにはどちらかがΩで、どちらかがそれ以外という組み合わせでないとならないらしい。
そしてそのおまけに、運命の番という伝説も聞かされた。運命という言葉について、まさにその日晶と意見の食い違いを経験していたため、それに対して二人の間で何か言葉を交わすことはなかった。
翌日、二人でいつも通り絵を描きながら、奏多は自分がαやΩについて調べた知識を説明していた。
「Ωの子供は普通よりΩになる確率が高いんだって。うちはαのママとΩのママって聞いたから、僕もΩになるかも」
「僕もママがαでジグはΩらしいよ。男のΩは珍しいみたいだけど、僕たちはどっちかΩになれるかも」
「うん、そしたら結婚して、子供も生めるね」
絵を描く最中、内緒話のようにそんなことを囁き合いクスクスと笑う。
言葉には出さなかったが、奏多は自分たちがきっと運命の番だと夢見ていた。
毎日毎日絵を描きながらそんな話をしていたせいで、最初はただの夢物語だったはずなのに、それはいつの間にか二人の間で確定的な未来設計図になっていった。
それが打ち砕かれたのはさらに二年ほど後、二人が小学校を卒業した時。検査の結果、片方どころではなく二人ともΩであることが発覚したのだ。それは運命の番になることも、子供を作ることもできない組み合わせだった。
————–(中略)————-
――声が聞こえる。懐かしい声。旭を育ててくれた両親の声だ。
「入学式の頃には桜散っちゃってるかもね」
「来週の講演会の時は桜って咲いてるかな」
「うーん、その少し後くらいじゃない?」
「じゃあ講演会の次の週の間にお花見だね」
そうだ、これは彼らが亡くなる一週間前の会話だ。両親はなぜか毎年のように桜を見て絵を描いていたが、その年、二人がお花見をすることはなかった。
次に見えたのは朝陽が差し込む空っぽのアトリエ。両親がいなくなった翌朝の景色。
朝というのは残酷なもので、この手の中にあった昨日を奪い去り、その交換品として今日を押し付けてくる。それが等価交換とは限らないのに。
今日なんていらないから、昨日を返してほしい――そう叫んでも、決して昨日の朝には戻してくれない。ただ眩しい光を浴びせかけ、今日という日を生きることを強制してくる。自分の名前だが、あの時の旭は朝陽が心底憎いと思った。憎くて仕方なくて、涙となって外に溢れた。
恐ろしい記憶が蘇りそうになったその時、身体がガクンと落ちるような感覚と共に目が覚めた。
夢――というよりは記憶だ。
跳ねた心拍を戻そうと目を閉じるが、もう一度寝られる気はしない。隣で寝ているアラタを窺ってから、旭はそろりとベッドから抜け出た。
何か飲み物でも取りに行こうとして、ふと壁の絵に目を留める。元々両親が使っていたこの寝室にかけられているのは、彼らが毎年春頃に描いていた絵の一つだ。
「旭?」
振り返ると、抱き枕がなくなって目が覚めたのか、アラタがむくりと起き上がっていた。
「ちょっと、目が覚めただけ」
今の気分をうまく言葉にできずに佇んでいると、アラタもベッドを離れて絵を見にきた。
「この絵は……」
「父さんたちの絵。何を描いたんだと思う?」
その絵の中では、白くてふわふわした何かに、ピンクの靄のようなものがかかっている。
「わたあめ」
アラタの即答に旭は軽く肩を竦めた。
「いや、二人は毎年お花見に行くたびにこんな絵を描いてたから、多分これは桜」
「なるほど……?」
台詞とは裏腹に、アラタは怪訝な顔で白いふわふわした絵を睨んでいる。確かによく分からない絵だ。どこにも売らず自宅に飾っている理由も謎だった。
————–(以下略)————-
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この後はアラタと旭のいちゃいちゃ。妊娠中でもΩは中出しセックス全然OK設定でR18展開になります。